分からなくなるんだ
詰め所で聞いた話によると、あの男は西の商国と東の連邦からも指名手配されているようで、非常に面倒な被疑者になるらしい。
正直、俺としては聞く気にもならない内容だが、3国間で協議されるとルッツは疲労感を顔に出しながら答えた。
恐らくは憲兵隊を率いる責任者として協議の場まで出向く必要があるんだろう。
それが他国かまでは分からないが、少なくとも面倒事に長時間費やすことになるくらいは俺にも理解できた。
この国の頂点は冒険者ギルドを統括するグランドマスターたるヴィクトルさんになるらしく、暗殺者の件だけでも頭が痛いはずなのに、ここでも厄介事が増えたことに申し訳なく思えた。
俺が事件を起こしたわけではないが、それでもこんなふうに国中から考えもしないような厄介事が突如として舞い込んでくるんだろうな。
想像もつかないような重責も付きまとうし、本当に大変な職に就いてるんだと改めて考えさせられた。
狂人の状態についての詳細も、ルッツに伝えてある。
消耗品のアーティファクトを使ったことに驚愕されたが、あの男にこそ相応しいアイテムだと話すとしばらく間を挟み、『そうかもしれないな』と小さく答えた。
ステータスダウンⅣの永続効果は、あくまでも道具のデメリットとして伝えた。
少し考え込む様子を見せたルッツだが、あえて訊ねずに納得してくれた。
それでもあの男は間違いなく処刑されるだろう。
話に聞くだけでも20人以上は残虐に手を下しているみたいだからな。
だとしても、その時までの時間を自決させることなく生かし続けられるのなら、自分が何をしてきたのかを考える時間くらいは与えられたと思えた。
この世界から男が消えたところで、何も変わらないかもしれない。
遺族にされた少女はこれからも喪失感を忘れられずに生き続けることになるんだから、どちらが地獄なのかは考える余地すらもない。
「……結局、救われたのは誰なんだろうな。
……正しいことってのは、何なんだろうな」
思わず言葉が溢れてきた。
詰め所からでも窓に映る空を見上げれば、少しは気持ちが晴れるかもしれない。
そう思って視線を向けたが、残念ながら晴れているのは空模様だけだった。
「……こんな仕事してるとな、分からなくなるんだ。
それでも、"これは俺にしかできないことだ"って考えるようにしてる。
そうすることが励みになって、ひとりでも多く救えるかもしれないからな。
だからトーヤが感じているその想いも、俺には分かる気がするよ。
……答えなんて、俺にも出せないんだけどな……」
ルッツの口調はとても寂しげで、彼の人となりを感じさせるものだった。
憲兵隊とは、法の執行者ではないにしても、法に殉じ、法で裁かせる場に被疑者を連れて行く"秩序を重んじる者たち"だと言えるだろう。
そんな彼らは、目を背けたくなるような凄惨な現場をたくさん見てきたはずだ。
きっと今回の一件も相手こそ最悪の輩だが、やっていることは変わらない。
想像くらいしかできないけど、それでも物凄く大変な職に就いてるのは分かるつもりだよ。
「……俺には難しそうだな」
ぽつりとこぼした独り言は、彼にもしっかりと届いたようだ。
小さく笑ったルッツはとても嬉しそうに答えた。
「むしろ俺なんかよりもトーヤにこそ憲兵隊が向いてると思うぞ。
この職は確かに体力や強さ、根気や勘なんかも必要になるが、何よりも大切なのは"優しさ"だと俺は考えてる。
誰かに寄り添いながら力を尽くす優しさがあれば、きっとたくさんの人を救えるはずだし、人々を護る力にもなると思えるよ。
憲兵になりたいってやつを面接してると、どうにも違った毛色が目立つんだ。
ギラついた正義感を振りかざそうとするやつ、多少の荒事は許されるだろって思ってるやつなんかもいるくらいで、基本的な教育をしただけで辞める奴が多い。
……先週も2人辞めちまったし、離職率高いんだよな、憲兵ってのは……」
肩を落としながら話すルッツに哀愁を感じた。
危険と隣り合わせの職業だ。
よほど明確な信念でもなければ、長続きはしないんだろうな。
どこか寂しげな彼の表情に、デルプフェルト憲兵小隊長のエトヴィンを思い起こした。




