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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十六章 正しいと思う道を
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正しいと思う道を

 その日、俺は感じたことを父に話した。

 そう思えたんだと話す俺を強く抱きしめた父は、とても優しい声色で言葉にしながら頭を優しく撫でてくれた。


『もう、忘れていいんだよ。

 私たちは家族なんだ。

 これからもずっと』


 心の拠り所を失っていたのかもしれない。

 そんな悲痛な想いが顔に表れていたのかもしれない。

 俺を抱きしめた父は、すべてを見透かしていたんだろうか。


 父のかけてくれた言葉に、自然と涙が出た。

 悲しいと感じていなかったはずなのに、涙が止まらなかった。


 あの時感じた不確かなものが、今なら分かる気がした。


 俺はあの時、悔しかったんだ。

 悔しくて悔しくて仕方がなかったんだ。


 あんなやつらに両親が殺されたのかと思ったら、涙が止まらなくなったんだ。


 この世界に神はいない。

 もし本当にそんなものがいるのなら、あいつらにこそ天罰と呼ばれるものを与えるはずだ。

 あんな連中を野放しになんて、しないはずなんだ……。


 だからこの世界に神はいない。

 そんなやつ、いるわけがないんだ。


 悪意を向けるおぞましい存在と、そうではない優しい人。

 そしてそのどちらでもないものがいるだけなんだ。


 そう俺は確信した。


 もちろん俺だけじゃないのは、11歳にもなれば理解してる。

 飢餓や疫病、戦争に涙してる子供たちは俺よりも遥かに過酷で、救いようもない世界を生きているんだ。


 それでも"神"は何もしない。

 そんな存在は、そもそもいないんだ。


 曖昧な存在に祈ってなどやるものか。

 俺は俺自身の力で強くなってやる。



 この日から俺は、誰よりも真剣に武術を学ぶようになった。

 もう二度と、大切な家族を奪われたくない一心で。

 大切な人を護りきるだけの強さを手に入れるために。

 誰よりも強くなれば叶えられると、俺は信じてたんだ。


 ……大切な人の遺影に向かって焼香を焚くなんて、二度とごめんだからな。



 なぜこんな昔のことが、頭をよぎったんだろうか。


 少女の置かれている境遇に共感したのは確かだ。

 全身を震わせる男の態度が連中に似ていたのも間違いじゃない。


 でも、強くなったからこそ理解できたこともある。

 俺自身が強くなろうとも、世界から悪意は消えたりしない。


 眼前にひっくり返る男もそうだ。

 こんな状況になっても、結局は保身しか考えられないんだな。


 ……なんて醜悪な存在だ。

 自分のしてきた過ちには目もくれず、我が身を可愛がるだなんて。

 根本的に考え方が違うのだから、不思議なことではないのかもしれないが。



 俺が真っ直ぐ育つことができたのは、父の教えがあったからだ。

 父から学んだ武術もあって、俺は間違えることなく18まで生きてこられた。


 でも、この少女には、そんな人がいなかったんだろう。

 絶望し、自分の弱さを嘆き、望んでもいない結果を強制させた存在に激しく憤り、気が狂わんばかりの感情で男を探し求めるように世界を歩き続けたのか。


 ……あの時の俺と、初めは似たような気持ちなんじゃないだろうか。

 無力感を受け止めきれず、どうしていいのかも分からなくなって、砕けてしまいそうなほど心が泣き叫んでいるんじゃないだろうか。



 どうすればいいのかなんて、俺には分からない。

 どれが正解なのかなんて、俺には答えられない。


 ……それでも。


 復讐が正しくはないと思う気持ちを、信じてもいいと思えた。

 だからこそ、あの時の父が俺にそうしてくれたように何が正しいのかを考えさせ、自分で決断しなければならないんだと俺は思う。


 それがたとえ身を切るような答えであったとしても。

 それがたとえ復讐に生きることだったとしても。

 選び取って前に進んでいかなければならない。


 自分が正しいと思う道を。

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