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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十六章 正しいと思う道を
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承知の上で

 線の細い少女が動きやすさを重視した軽量の革鎧を装備しているとはいえ、左手一本で全体重を支える姿に違和感を覚える。

 男が持つ筋力以上の力が出ていることは疑いようもない。


 だが、それ以上に強化魔法とは違う何か別の根源があるのだろう。

 そうでもなければ、今も抑え込むように少女を浮かせたまま片腕で支えることなどできないはずだ。


 恐らくは他にもまだ持っているな。

 身体能力を極端に向上させるアイテムを。



 剥き出しのダガーを素手で握り込みながら、かくんと大きく首を横に曲げた狂人は言葉にした。


「……おんやぁ?

 お嬢ちゃん、どちらさま?

 ダメですよぉ、勝手に舞台に上がっちゃ。

 こわーいおじさんたちに怒られちゃうよ?」

「――ろ……」

「んん~?

 何か言いましたか?

 ぼくちん、お耳遠くてわかんない~」


 感情を逆なでするような苛立たしい男の言葉に、こちらにまで音が聞こえそうなほど強く歯を食いしばった少女の口元から鮮血が流れた。 


「その芝居じみた気色悪い話し方をやめろ! この殺戮者が!!」


 空中で抑え込まれたまま腰につけた投げナイフを左手から放とうとする少女。

 だがその寸前で右手を大きく振り回され、舞台に激しく叩きつけられた。

 衝撃で手から離れたダガーを奪い取った男は、少女の腹部へ鋭く突き出した。

 少女は体を横に転がして避けながら地面を蹴り上げ、体を小さく回転させる。

 地に足がつくと同時に後ろへ飛びのくように、男との距離を取った。


 息を整える少女を興味深そうに見つめながら、男は言葉にした。


「……はてさて、アタクシ、あーたに狙われる理由なぞ皆目見当なしなのよねぇ。

 どこのだれ子ちゃんかしらん? それとも、誰かにお願いされたクチ?」

「地獄に落ちろ狂人!!」


 腰に差したショートソードを抜き放つ少女は柄頭に左手を添え、渾身の突きを男の腹部に放つ。

 かなり力任せだが、足の運びや腕の使い方は悪くない強烈な一撃だった。


 ――しかし。


 まるで金属に当たったかのような甲高い音が周囲へ響き渡る。

 少女は驚愕しながら、一瞬とはいえ動きを完全に止めてしまう。


 そのわずかな隙を狙い、男は隠し持っていたナイフを振り上げた。

 上半身を逸らしたお陰で首元を避け、革鎧の上部が傷つく程度で済んだか。


 ……危なっかしい戦い方をする。

 避けられなければ致命傷になっていた。

 敵を見ているようで見ていない。

 それよりも遥かに強い感情が少女を支配している。


 心を蝕むようなものを抱えていては、勝てるものも勝てないぞ。


 男が服の中に隠している魔道具の見当はついたが、ここで動けば危険か。

 しかしこのままあの狂人と戦わせ続ければ、命を奪われる可能性が非常に高い。


 せめて魔道具が一瞬でも見えれば鑑定できるんだが、どうやらそうも言ってられないようだ。

 幸い、身体能力を極端に底上げするアイテムを所持しているみたいだからな。

 強引な手段になるが、意識を昏睡させて終わらせた方がいいかもしれない。



 凄まじい形相で男を睨みつける少女は全身に力を込めた。

 これまでも強化魔法を使ってたのは分かっていたが、少女がしようとしていることはそれ以上の効果をみせるのは間違いなさそうだ。


 体を覆う魔力が時折強く弾けるような音を鳴らした。

 帯電しているようにも見えるが、あれはマナが暴走しているんじゃないか?


 徐々に強烈な魔力が少女を覆うように包み込む。

 その光景にエルルは震えながらも言葉にした。


「……お、おかしいよ、トーヤ……。

 あのお姉さん、凄まじい魔力量を持ってる」

「……そうみたいだな。

 それも最悪なことに、魔力の制御が正しくできていない。

 いや、そんなことお構いなしで力を開放しようとしているのか?

 あれじゃ、いつ暴発してもおかしくないぞ」

「ぼ、暴発って、そんなことになったらどうなるの、トーヤ」

「分からない。

 少なくとも、あの少女は無事じゃ済まないかもしれないな。

 すべて推察になるが、あのままだと体内から爆発したようなマナの奔流に飲み込まれて、肉体が崩壊することだってあるんじゃないだろうか……」


 もしそれが現実として起これば、大変なことになる。

 このままの状態で放置するわけにもいかなくなった以上、止める必要がある。


 徐々に膨れ上がる魔法力。

 破裂寸前の風船を見ているようで、血の気が引いた。


「……あ……あぁ……。

 ……だめ……だめだよ……。

 そんなふうに力を使っちゃ……。

 そんなことをしても……誰も……」


 言葉に詰まるエルルは、そこから先を言えずにいた。

 あれは身体能力強化魔法に近いもののようだが、込められた魔力量が一般的な魔術師の保有するそれらとは根本的に違う上に、異質とも思える別の誰かの力を感じさせる奇妙な感覚があった。


 それもひとりやふたりではない。

 複数人の魔力が入り混じるような、一言で表現すれば異常さを強く感じた。


 エルルの言うように、これは良くない力の使い方だ。

 それはまるで命を燃やし尽くす直前の、わずかに輝く瞬間を思わせた。

 たとえ凄まじい効果の強化魔法が暴発せずに成功したとしても、少女の命が危険なのは間違いないだろうな。


 だが下手に間へ入ろうものなら、こちらまで敵と認識される可能性が高い。

 それほどまでに、あの少女の感情は極限まで高ぶっていると思えた。

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