なんとかに刃物
黒いローブに赤みがかった茶色の髪。
不健康そうな顔色を含む一部を除けば、どこにでもいる魔術師の男だった。
問題はその目。
どす黒く変色しきったかのような、おぞましい色だ。
実際に一般人と瞳の色が違うわけではない。
しかし駄々洩れの気配からはそう感じさせた。
人にない、人では絶対に出せない色に。
思えば暗殺者や馬鹿貴族もそうだった。
ロクな生き方をしていないのはもちろん、人を人とも思っていないような連中がする瞳なんだろう。
そう思えるほど異質なものとして、俺は認識しているのかもしれない。
どこを見ているのかも分からない視線の男は、ゆっくりと舞台に向かう階段を下りながら言葉にした。
「いやぁどうもどうも紳士淑女の皆々様!
これより始まる一興にお付き合いいただけることに幸運と喜びに打ち震えるわたくしが、生涯最高で最低のひと時をお贈りいたします!」
……支離滅裂だな。
頭が飛びすぎてて理解できない。
する必要もないが、少なくとも所持品に面倒なものはなさそうだ。
危険なアイテムはひとつだけ。
右手に持った青く煌めく結晶体か。
【 マナチャージクリスタル 】
魔法力を蓄積させ、必要に応じて発動することができる。
使用には魔力を込め、真上に掲げて"発動"と発言する必要がある。
込めた魔力量に応じて発動までの時間が延長される。
魔力上昇・大、MP+20
増大させた魔力を蓄積し、任意の発動が可能なアイテム……。
増加量がかなり高いところを見ると、確実にレジェンダリー以上の等級か。
なんとかに刃物とはよく言ったものだが、まさか現実に起こりうるなんてな。
時間差で発動できるとは表記されていないが、念のため奪い取ったらインベントリにしばらく封印しておいたほうがいいかもしれない。
少なくとも誰もいない場所で確認しないと大惨事になりかねないな。
ともあれ、これで所持品は鑑定できた。
あとは男の目的と、背後からゆっくりと向かっている気配を確かめるまでは様子を見たほうがいいだろう。
……それにしても、何が楽しくて笑ってやがるんだ、この狂人は……。
同じ空間にいるだけでも気色が悪いのに、これ以上事態をややこしくするなよ。
「おっとお代を気にしているそこの貴女! どうぞご心配なく!
ワガハイがこの町に来たからにはもぉう安心ですぞぅ!
今ならなんと格安でご覧いただけるよう勉強済みです!」
一人称も含め、言ってることが滅茶苦茶だ。
身振り手振りを交えて言葉を発するその姿勢は舞台に見えなくもないが、垂れ流しの悪意が武術経験のない人たちにも違和感を与えつつあった。
「まだ上演前の時間よね?」
「どうなってるんだ?」
「観客参加型の舞台か?」
ざわつく観客にお構いなしで舞台に上がった男は、振り向きざまに話した。
「ですがタダとは言いません!
これほどの舞台なのですからそれも当然!
……お代は"あなた方の命"でお支払いしていただきましょう……」
重々しい声色で客席を睨みつけながら言葉にする狂人。
それだけで男が何をしようとしているのか、おおよそのことが分かった。
同時に、男の本質に触れた気がした。
なるほど、一瞬表れたのが本当の姿だな。
ぶっ飛んだ喋り方は趣味なのか演技なのかはどうでもいいが、少なくとも男の目的は予想通りと言えるだろう。
「……限界になれば出るが、まだ前口上が終わってないみたいだ」
「不愉快極まりないが、少なくとも眼前のあれに慈悲は必要ないな」
まったくもってレヴィアの言う通りだな。
こんな三文芝居を見るつもりで俺たちはここにいるわけでもないんだが、もうしばらくはこの茶番を静観しないといけないのが苦痛だ。
「この"災禍の闇玉"で、貴様らの下賤な命をその魂ごと吸い尽くし、我は真の魔王へと至る!!
すべての愚かなる者どもを駆逐し、世界を我が物に!!
さあ謡え!! 絶望と破滅のコーラスを!!
そして地に跪け!! 絶大なる力を手にした魔王の前に!!
クハ! クハハ! クハハハハッ!!」
会場全体が男の発言に飲み込まれてるようだ。
奴の独り芝居だと思われたことは幸いだが。
……それにしても、なんだよ"災禍の闇玉"って……。
よくもまぁ、そんな恥ずかしい名称を人前で堂々と口にできるもんだ……。
「必要なら我も出るが、ここは主に任せよう。
正直我は、あれと関わりたいとは思わない」
白けたように答えるレヴィアだが、それはリージェもリゼットのふたりも同じ気持ちのようだ。
気配に飲まれたエルルとフラヴィは互いを支え合うように小さく震えているが、クラウディアは真剣に"敵"として洞察し続けているみたいだな。
唯一ブランシェだけが、今にも殴りかかりそうな気配を必死に抑え込んでいた。
まぁ、この子の嫌いなタイプにも思えるが、物事をはっきりとさせたがるブランシェには気色悪い話し方をしているだけで殴りたいと感じるんだろうな。
「俺に任せて警戒を続けてほしい。
それに、もうひとつの気配も来たみたいだ」
「む?
……この気配、放置していいのか?」
「まぁ、向こうには向こうの"理由"があるみたいだからな」
発言と同時に、凄まじい速度で短剣を降り注がせるように狂人へ襲い掛かった。
ちりちりと焼けつくような気配を放つ少女が真上から明確な"殺意"を込めて刃を向けるが、男は素手で軽々と受け止めた。




