繋がりができたことに
《いつの時代も、向上心のある若者は頼もしく感じるね》
「じじくさいっすよ、グラマス」
「……ルーナ、失礼だよ。
お年よりはもっと大切にして敬うべき」
《……それは、フォローしてもらって……いるんだよね?》
深くため息をつくヴィクトルさんだが、どうにもぞんざいに扱われているような気がしてしまう。
いや、神格化されてると嘆いていたし、ある意味では本人もそれを望んでいるんだろうか。
《ともあれ、ヴァイス殿にも渡しておこうと思う。
テレーゼ、お願いするよ》
「かしこまりました」
そう答えて席を立つテレーゼさんは執務机に戻り、一番上の引き出しに入っていた小箱を俺に手渡した。
その中身が何かは分かっているが、俺が持っていてもいい物なのかは分からなかった。
「……いいんでしょうか」
「えぇ、もちろんです。
むしろ困った時は遠慮なくご連絡ください」
箱を開けると、真っ白な水晶がふたつ入っていた。
どうやらこれが"登録前"のものになるみたいだな。
「あとは魔力を込めるだけで登録されます。
折角ですから試してみてください」
実際にマナを込めてみると、吸い込まれるように水晶へ吸収された。
ほんの一瞬魔力を込めただけで、冬の澄んだ空のような色に変化した。
なるほど。
こうすることで使えるようになるんだな。
《さて、ヴァイス殿。
何かあればすぐに連絡できるように、水晶をお持ちいただきたい。
テレーゼのところに置いておけば、私とも連絡が取れる。
可能な限り我々冒険者ギルドがあなたの力になるよ》
「ありがとうございます。
逆に俺の力が必要になれば連絡をしてください」
自然と言葉が出た。
きっとそれも必要になるだろうと思えたからだ。
こうすることがいちばんだとも、俺はどこか本能的に感じていた。
しかし、その"もしも"の時は、恐らくかなりの厄介事となっているだろう。
現状で考えれば世界同時多発的に起こる大問題の可能性が高い。
それを阻止するために世界中のギルドが時期を計らい、一気に制圧することになるはずの作戦がうまくいかなかった場合や、どうしても手が足りなくなった事態に見舞われた最悪の状況となるかもしれない。
《……ヴァイス殿に頼る機会はないことを祈りたいが、それでもどうしようもなくなったら手を貸していただきたいと思う。
不甲斐なく、情けない限りではあるが……》
「どうか気になさらないでください。
俺にも力を貸すくらいはできるでしょうから。
場所や現況次第ではすぐに動くことが難しい場合もあるとは思いますが」
《それでもかまわないよ。
繋がりができたことに心からの感謝を……》
本心から言葉にしていることが、まるで手に取るように理解できた。
不思議な気持ちではあるが、事態が事態ならすぐに連絡してかまいませんと言葉にすると、ヴィクトルさんは小さく笑いながらありがとうと答えた。
《クラウディアさんのご両親について進展があれば、報告をしたいと思う。
バウムガルテンを発っても連絡が取れるように、水晶は持ち歩いてほしい》
「……ありがとう、ございます……」
胸に手を当てながら答える彼女に念のため訊ねてみたが、いらぬ心配だったか。
「俺たちはしばらくしたら北を目指すと思うんだが、いいのか?
故郷からはどんどん離れることになるぞ」
「かまいません。
両親が無事であるなら、それで。
生きてさえいれば、再会できますから。
今は主さまにお仕えしたく思います」
「……"主さま"、ね……」
「むふふ~。
良いではないか、ヴァイス殿ぉ」
「含みのある言い方をするなよ……」
どっと疲れが溢れてきた。
ほんと楽しそうだな、ルーナは。
深くため息を出していると、彼女は今後の話を始めた。
「アタシはもうしばらくバウムガルテンに滞在してお仕事するっすけど、一段落したらバルヒェットに戻ってゆっくりフィリっちのごはんを堪能するっす」
「……私は特に拠点もない"自由な人"だから、少しルーナと一緒にいる。
色々鍛えなきゃいけないこともできたし、ふたりなら効率も上がるから」
「そうか。
フィリーネさんによろしく。
きっと心配してると思うからな」
そういった性格なのは間違いないだろう。
だが残念ながら、俺の読みは少し外れていたようだ。
「なはは!
めっちゃ心配してるっすよ!
何かできることはないかって、おろおろしてたっす!」
「そうなのか……」
……でも、これだけ離れても心配してもらえるってのは、ありがたいな。
一介の冒険者としての待遇を超えているが、素直にうれしく思えた。
すべてが落ち着いたら、もう一度挨拶回りをするべきだろうな。
「デルフィーヌさんはどうするんですか?
このままバウムガルテンに滞在を?」
「いえ、私は明日にでもここを発つ予定です。
随分と空けてしまいましたが、私にも帰りを待つ子供たちがいますので」
「子供たち?
小さな町の教会にいたと聞きましたが、もしかして……」
「はい、ご想像の通りです。
今は私が母であり姉でもあるので、あまり長居はできないのですよ。
小さな子がとても多いですし、きっと寂しがってると思いますから」
「……失礼を承知で聞きますが、金銭面を含むことでお困りでは?」
「いいえ、大丈夫ですよ。
子供の10人や20人、立派に育ててみせます」
その言葉には重みがあった。
彼女も冒険者だし、子供たちと生きていくには十分稼げてるみたいで安心した。
「そうですか。
何か困ったことがあれば気軽に相談してもらえたら嬉しいです。
俺にも子供が3人いますが手のかからない子たちですし、金銭的にも貯えがあります。
きっと力になれると思いますので、頼ることをためらわないでください」
「ありがとうございます。
本当に困った時には甘えてしまうかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
満面の笑みで答えるデルフィーヌさんだった。
"母は強し"、なんて聞いたことがあるが、本当にそうなんだな。
思えば俺には縁のない存在だし、気づかなくても不思議ではないか。




