ひとつやふたつは
「……いま、なんて言ったんだ……」
思わず聞き返してしまった。
いや、聞き間違いだろう。
そう思うのも当然だと思えた。
確かに彼らは上を目指すと言っていた。
特にフランツはそれ以上を求める強気の発言をした。
だが、俺が教えた技術は気配を読み取れる力と基礎的な剣術や体術、体幹によるバランスの取れた体の使い方くらいだ。
それはとても最前線と言われる下層まで到達できるとは思えないが……。
だが、どうやら俺の耳は正常だったらしい。
言い方は多少変えていたが、まったく同じ意味の答えが返ってきた。
「ランクAのディートリヒチームは、現在"攻略組"として84階層にいるっす」
「……聞き間違いじゃなかったんだな……。
ギルドランクってのは、そう簡単に上がらないと思うんだが……」
「それについてはギルマスに話してもらったほうがいいっすね」
こくりと頷いたテレーゼさんは続けて話してくれたが、どうやら色々と例外があるらしい。
「ランクBまではそれほど時間をかけずに上げられるのですが、ランクAへの昇格は手順を踏む必要になります。
通常は依頼の達成数と成功率、達成日時等を精査して、実績と経験を加味した上でグランドマスターのいる首都、正確には冒険者ギルド統括本部に情報が送られ、審議を経てランク昇格が決定されます。
いくつかは例外もあるのですが、今回は飛ぶ鳥を落とす勢いで迷宮を攻略する彼らの実績が認められたため、昇格に繋がりました」
「……その言い方だと、テレーゼさんは彼らを知っているんですね」
「えぇ。
対面した上で報告書を本部に送ったのは私になります。
普段ならサブマスターに任せるのですが、急激に頭角を現した彼らに興味を持ちましたので、直接審査をさせていただきました」
こんなことが、実際にあるんだな……。
世間は広いようで狭いのか。
それとも彼らの眠れる才覚を目覚めさせてしまったのか……。
そんなことを考えていると、察しのいいルーナはその事実に気付いたようだ。
「……まさかとは思うんすけど。
……ヴァイスっち、なんかやったっすか?」
「人聞きの悪いことを言うなよ……。
気配の読み方や剣術と体術の基礎を少し教えただけだ。
ランクAに上がったのだって、彼らの努力あってのことだよ。
そもそも俺は7日間しか教えていないぞ」
その言葉にため息を深くついた彼女は、とても言いづらそうに答えた。
「気配を察知する力ってのは、言ってみれば"秘伝"に分類される高等技術なんす。
体得には並々ならぬ努力と研鑽があっても届くか届かないかって、才覚があるなしの話になるんすよ。
そんな簡単に教わっても体得できないどころか、ランクBだった4人を最前線と言われている最下層へ到達できるほどの技量にまで急成長させるなんて、その7日間で彼らにどんな厳しい修行を積んだんすか……」
「……そう言われてもな。
単純に世界の流れを気配で感じさせるように集中させただけだぞ」
呆れた様子で訊ねる彼女には悪いが、それほど特別なことはしていない。
ルーナの言うように、気配察知は確かに軽々しく人に教えていい技術ではない。
下手をすれば悪用され、最悪の結果を導き出してしまう恐ろしい力だ。
それでも、彼らには当てはまらないことだと、離れた今でも確信している。
結局のところ、力ってのは人によってどう扱うのかが変わる。
それは価値観であったり、その人の生き方だったりで激変するだろう。
だからこそ、俺は彼らに教えたんだ。
真っすぐな心を持っていることがはっきりと分かったからな。
それに……。
「ここは俺がいた世界と違って、人の命を軽んじるやつが多いからな。
自分と仲間を守る技術のひとつやふたつは持つべきだと思えたんだよ」
本当に、これまで色んなことがあった。
馬鹿な連中もたくさん見てきたし、蹴散らしてきた。
こんなにも考えたらずな輩が刃物を持っている世界では、気配くらい読めなければ悲しいことになると思えたんだよな。
そういった意味では、今も元気に迷宮で活躍している彼らの力になれただけで十分だと、俺には思えた。




