それでいいじゃないか
俺のするべきことも一応は落ち着いたし、そろそろ退室させてもらおう。
ヴィクトルさんもテレーゼさんも多忙だろうから、あまり長居はしないほうがいいだろうな。
……ここで聞いても迷惑なだけかもしれないが、離れる前に訊ねてみるか。
「ある冒険者を探しているのですが、その場合は受付にお願いすればいいんでしょうか?」
「ヴァイスっちのお友達っすか?」
「まぁ、そうだな」
この世界で最初に出会った人物だとは、さすがに言えなかった。
"幸運"スキルは色々と目立つから、できるだけ言葉にしないほうがいい。
ここにいる人たちなら大丈夫だが、なるべく心がけるべきだからな。
「1階の受付でメッセージを届ける手続きができますが、ここでも大丈夫ですよ」
「さすがにご迷惑では……」
ギルドマスターたるテレーゼさんを煩わせることはできない。
そう思っていたが、どうやら融通してもらえるようで驚かされた。
「かまいませんよ。
大恩人なのですから、そのくらいはさせてください」
「そうっすよ。
ヴァイスっちはアタシたちふたりの命を救ってくれた恩人で、冒険者ギルドに尽力してくれた恩人でもあるんすから」
ルーナの言葉にこくこくと頷くシュティレだった。
「確かにそうかもしれないが、あれは俺のために動いたことも大きいんだぞ。
家族が危険に晒されることが許せなくて、連中の拠点を潰しただけなんだが」
本拠地を制圧したのも、ひどく個人的な理由だ。
俺は家族に刃を向けられることが嫌だっただけなんだ。
「みんな無事でよかった。
それでいいじゃないか」
本心からそう思う。
俺にできることをしただけだし、恩を感じてほしくて行動したわけじゃない。
ただ、それだけなんだよ。
《ヴァイス殿らしい言葉だね。
けれどヴァイス殿がしてくれたことは、我々冒険者ギルドを救うことに繋がっているんだ。
我々が厳正した冒険者を派遣しても多大な被害を被っていたことは間違いない。
何名もの命が失われていたはずの非常に危険な任務になると私は思う。
現にヴァイス殿が無傷で捕縛してくれた人数から判断すると、ランクA冒険者を結成させた数チームでも帰らない者は多かっただろう。
多大な犠牲を払っても逃げられていた可能性が高かった。
いや、ルーナに大怪我を負わせるだけじゃなく、瀕死の重傷を負わされた事態は我々の想定外の出来事だった。
あなたは多くの者と、その家族たちを護ったんだ。
それをどうか忘れないでほしい》
穏やかな口調の奥に、深い感謝をしていることが分かった。
俺にできることをしたつもりだったが、確かにヴィクトルさんの言う通りだ。
もしかしたらフラヴィのような小さな子を悲しませていたかもしれない。
……そうだよな。
それを知っているはずの俺が、俺と同じのような目に遭わせるなんて、絶対に良くないよな。
「……すごく、悲しい目を……してるっすよ……」
「あぁ、悪い。
何でもないよ」
俺の言葉に口を開きかけたルーナだが、俺の気持ちを察したのか何も言うことはなかった。
……ありがとうな、察してくれて。
「じゃあ、お言葉に甘えてお願いしてもいいでしょうか」
「えぇ、もちろんです。
それで、冒険者のお名前は?」
「ランクBのディートリヒ・アルムガルトです」
「……お連れさんのお名前は、なんて言うんすか?」
……なんだ?
含みのある言い方をするんだな。
「フランツ、ライナー、エックハルトだ。
もしかしたらメンバーが増えているかもしれないが。
……って、どうしたんだ、ルーナ」
目を丸くして驚く彼女に訊ねると、その理由を教えてくれた。
「あー、なんていうか、その4人はランクAに昇格してるっすね」
「なんでルーナが知ってるんだ?
まさか、知り合いなのか?」
「彼らを知ってるんじゃなくて、調査の過程で知った、が正しいっす。
彼らは"攻略組"に参加して、現在84階層にいるはずっすよ」
一瞬、彼女が何を言ったのか、俺には理解できなかった。




