どの口で語る
バウムガルテン北区の中央。
人気の多く、とても目立つエリアにそれはあった。
豪華で巨大な建造物。
まるで権力を象徴しているかのようだ。
ここは先ほど部屋を借りた高級宿から100メートル近く離れた場所になる。
歩きながら気配を読み取るも、こちらに気付いた様子は感じなかった。
緊張が走るリーゼルだが、それも仕方がない。
彼女はこんな経験をすることなど考えもしなかっただろう。
それは俺も同じだが、彼女とは決定的に違う点がある。
俺は異世界人だからな。
それほど強い衝撃は受けていない。
むしろ不思議と納得した自分がいたくらいだ。
この世界の住人からすると、やはり信じられないとしか思えなかったようだ。
ルーナもシュティレも同じ反応をしていたし、誰もその可能性に気づくことなく見逃していたんだろう。
重々しい空気を振り払うように、こちらへ意識を集中させた。
「再度確認する。
油断するな。
情けをかけるな。
ここから出遭う奴らはすべて敵と思え」
「うす!」
「……うん」
「はい、わかりました」
気合を入れ直した俺は、巨大にも思える扉を開けた。
時刻を考えれば、もう少しで閉じられるだろう。
いま残っている人が去れば誰も来ないはずだ。
荘厳な装飾と広く設けられた室内。
もうしばらく経てば美しい月明かりが優しく照らし出すだろう。
長椅子が綺麗に並び、俯きながら手を合わせる5名に無詠唱で魔法を使う。
そのまま深い眠りに就かせるように、容赦なく意識を刈り取った。
こんなところでいちいち騒がれても面倒だからな。
敵だろうと味方だろうと知ったことじゃないが、今は大人しくしてもらう。
止まらずに足を進め続け、その先に佇むひとりの男へ目標を絞る。
周囲は押さえた。
気配に変化はない。
ここにはあとひとり。
立派な装いの男だけだ。
だからこそ、自然と口が開いた。
「クロだな」
「クロっす」
「……クロ」
「残念です」
こちらを視界に捕らえた男は、とても穏やかな口調で言葉にした。
俺たちが何をしに来たのか、どうやら理解できていないらしい。
その危機感の足りなさは滑稽としか言いようがないが、それならそれでいい。
「ようこそいらっしゃいました。
これから本日最後のステファニア様についてのお話を――」
聞くに堪えない文言を強制的に封じ、丁寧に作られた床へ寝かせる。
ぐしゃりと足から力なく崩れ落ちるその姿はかなり刺激的だが、思いのほか俺をイラつかせていたようだ。
「――どの口で女神を語る、悪党が」
転がる初老の男を見下すように冷徹な視線を向ける。
こんな連中が世の中に存在していいのかすら首を傾げる。
だが現実は甘くない。
それをこの男は証明していると思えた。
まるで悪夢ばかりが続く低級の物語を読んでいるような錯覚すら覚える。
苛立ちを強引に力でねじ伏せていると、俺の耳に報告が届いた。
「フロア、制圧完了っす」
「……周囲、敵影なし。
気配からも動きを感じない」
「では、手筈通りに行きましょう」
「気をつけろ。
ここからは単独行動だ。
何かあれば気配で知らせろ」
「了解っす」
「……わかった」
「はい」
力強く頷いた3人は、それぞれの道へと進む。
左通路リーゼル、右通路ルーナ、中央シュティレだ。
軽く手で挨拶をして、地下へ向かう専用の扉を目指した。
……気をつけろよ、みんな。
何が潜んでいるのか、まったくの未知数なんだ。
仲間たちの背中を心配しながら見つめ、俺は俺のできることを始めるために、3人とは別の扉に手をかけた。
思えば、この日だったのかもしれない。
俺が、俺たち家族が巨大な組織と本格的に敵対し、世界中の国々を巻き込んだ大事件へ勃発する要因となったのは。
いや、"当主の指輪"を手にした時から始まっていたことなのか。
それとも、俺がこの世界に降り立った瞬間から運命付けられていたことなのか。
その答えは、きっとこれから先も出ないだろう。
出るとも思えないし、知る切欠も俺には思いつかなかった。
それでも、俺たちの平穏を脅かす存在なら、潰すことも厭わない。
家族を護るためなら、俺は世界とだって敵対してもかまわない。
貴族だろうが、王族だろうが、町だろうが、国だろうが、世界だろうが。
家族の平穏を脅かすのなら、そのすべてを排除する。
この時の俺はそう強く思い、誓うような気持ちで心に刻み込んでいた。
のちに世界を激震させるこの一件は、バウムガルテンのみならず世界中の人々を恐怖と混乱に陥れることになる。
ここは"サンマレッリ"。
自由都市同盟で最大級の大聖堂だ。




