強いんだよな
白を基調とした上品な内装。
掃除も行き届く室内は居心地がいい。
従業員の対応も申し分なさそうだ。
さすが高級宿といったところか。
受付にいた女性はこちらに満面の笑みで言葉にした。
「ようこそおいでくださいました」
「シングルと4ベッドルームはあるか?」
「ございます。
ご滞在は?」
「1泊で」
「かしこまりました。
お手数ですが、こちらにご記入をお願いいたします」
「あとから連れがふたり来るから、4ベッドルームへ案内してもらいたい」
「かしこまりました」
宿泊者名簿に記載を済ませ、料金を支払う。
随分と高くついたが、こんな時でもなければ来ることはないだろうな。
受付の女性に案内された俺は、リージェとリーゼルのふたりと軽く言葉を交わしてシングルルームへ入った。
清潔感のある、とても綺麗な部屋だ。
少し大きめのベッドになっているようだ。
シングルというよりはセミダブルに近いサイズか。
これだけの大きさなら子供たちも快適に眠れそうだな。
ベッドの横に置かれた小さなテーブルを部屋の中央に移動していると、扉をノックされる音が耳に届いた。
「どうぞ」
とは言ったものの、誰かはもう分かってるんだがな。
かちゃりと静かにドアを開いたリーゼルは、リージェを連れて入室した。
「こちらのお部屋も配慮が行き届いていますね。
置かれた調度品も高級すぎず、上品さを感じます」
「こういった場所は初めてで、とても興味深いですね」
「さすがに子供連れでここは泊まらないだろうな」
高級すぎると俺には思えた。
ベッドの広さは悪くないが、どっちにしても子供たちが引っ付くからな。
いっそキングサイズのベッドで寝てみたいもんだが、そうなると高級宿のスイートになるらしい。
1泊いくらになるのか聞くのも怖いのは、俺が庶民だからだろうな。
「悪いな、リージェ。
ここか4ベッドルームで待機してもらうことになる」
「かまいませんよ。
……いえ、お手伝いできないのは心苦しいですが」
リージェの攻撃は目立ちすぎるからな。
上級魔法はもってのほかだが、初級魔法でも凄まじい威力を見せるし、物理的な攻撃では相手を石壁ごと吹き飛ばしてしまう。
さすがにここで待ってもらうのがいいと思えた。
「もう少しで加減ができそうなのですが……」
「無理はしなくていい。
今回は特に隠密行動を心がける必要が――」
「――ぅおりゃっすーッ!」
どばんと勢いよく扉を開くルーナ。
頭に鈍痛を感じるが、それ以外は調子がいい。
ともあれ、これだけは先に言っておくべきだろうな。
「高級宿の物を壊さないでくれよ?」
「なはは!
大丈夫っす!
ここの宿代も経費で落ちるっすから!」
「弁償するのはルーナだと思うぞ」
「なは――。
…………うぇ?」
そこまで考えてなかったのか……。
呆然としている彼女はどうでもいいが、どうやら準備も整ったようだな。
シュティレは扉が壊れていないかを確認したあと、ぱたんと静かに閉めた。
「それじゃあ、始めるか」
「……出入り口は正面にあるふたつ。
通っていたのは一般人で、"関係者"じゃないと思う。
嫌な気配もまったく感じなかった」
「ルーナの方はどうだ?」
「ばっちりっすよ。
これが内部構造の図面っす。
設計上では存在しない場所があるかもしれない点も留意してほしいっす」
「それも想定内だ。
大まかな場所は分かるし、気配を探ればある程度の人数は確認できる」
だからこそ、いちばん近い宿をわざわざ借りた。
ここからなら随分と感じ取れるからな。
「図面は複製されたものっすから、書き書きして大丈夫っすよ」
「そうか。
……まずは1階からだな。
入り口を入って中央にひとり、来訪者と思われる一般人が手前に5名だ。
左は6人、右4人、中央を進んだ先にひとり、地下へ向かう階段前にふたり。
それぞれ印をつけた位置だが、左右の通路を歩く人が少し動き回ってるな」
言葉にしながら図面に丸をつけていく。
目標の建造物まで100メートルほどだし、ルーナとシュティレでもある程度は感知できているようだ。
「……大きく円を描くように通路が両端に造られているのか。
その先は2階への階段になっているから、そこで待機してもらうほうがいいな」
「通路は一般人が入れないようになってるアヤシイ場所っす。
恐らくは真っ黒な連中しかいないとアタシは思うっす」
「その可能性も留意して行動しないと危ないが、まずは全員捕縛しよう。
建物内にいるすべての人が敵だと思って動いたほうがいいと思うよ。
それに、これを見る限りは当初の作戦通り、左右の通路にいる関係者と中央から進める巨大な部屋、あとは地下を制圧するべきだな」
正直、2階から先は手が足りない。
しばらく時間が経てば憲兵が建物の周りを取り囲む手筈になっているが、可能ならその前に制圧しなければ感づかれるだろう。
「憲兵の準備が整うまで約1時間、詰め所から出入り口付近を囲み終えるまではもう30分ってとこっすね」
「2階より上からの逃走ルートはあるのか?」
「……これを見る限りはない。
あるとすれば飛び降りて逃げることだけど、それは左右の通路に窓がある1階も同じだから気にしなくていいと思う。
問題は――」
「地下だな。
図面を見る限り至ってシンプルな構造だが人の気配が多く、間取りを無視した場所に何人かいるみたいだ」
「……つまり、そいつらは……」
「暗殺者か、それに通じている者だな。
だが、"跳躍の腕輪"はこちらが握っている。
空間を越えて攻撃をするようなやつが、そう何人もいるとは思えない」
「なら、アタシらでも十分戦力になるっすね」
弱気な発言をするルーナだが、瞳の色からは力強さを感じた。
強いんだよな、こういうタイプは。
一度の負けが極端な強さにまで成長させる。
味方でいてくれるのは本当に頼もしい限りだよ。




