その気になれば
「……それで、ヴァイス君。
そろそろこいつ、叩き起こす?」
今も意識を取り戻すことのない暗殺者へ、強めの口調を言い放つシュティレ。
そういえば説明できるような状況でもなかったなと思い出しながら俺は答えた。
「この状態は睡眠じゃなくて"昏睡"だから、崖を転がしても起きないと思うぞ」
「……ブレないっすね、ヴァイスっちは……」
「……さすが私の旦那さま。
痺れるくらいかっこいい」
ちょこちょこと個性的な言葉が飛び出す人だな……。
毎回突っ込まなくてもいい気がしてきた……。
「でも、随分と効果時間が長いっすね」
「任意で解除しない限り効果は続く。
"ステータスエフェクト"は、対象を弱体化する"ステータスダウン"とは違い、自由に悪影響を相手へ与えることができる魔法だ。
中でも便利なのは麻痺や昏睡、沈黙や倦怠ってところか」
もっとも、これ以外は使えないような効果ばかりだ。
対象を幻惑し、活力を衰退させ、恐怖に陥らせる。
どれをとっても恐ろしい影響を与える魔法だ。
闇属性魔法は相手の行動を阻害する。
中には攻撃魔法もあるが、それよりも遥かに目立つ。
対象を闇に包み視界を封じ、強靭で切れない縄で拘束し、強制的に引き寄せ、逆に相手を引き離し、重力で地面に押さえ込み、移動を制限する。
その極めつけが、ひとつの魔法。
ある条件化で絶大な効果を持つものだ。
これを体得したと気づいた時、俺は魔力の流れを斬り込んで魔法を無力化することすら茶番に思えた。
なぜ俺がそんな凄まじい力を入手したのかは分からない。
だが少なくとも、相手が放つ"魔法"に分類する攻撃が通用しなくなった。
……もし仮に、この世界に"神"と呼ばれる人智を超えた存在がいるとして。
いったい俺に何をさせようとしているんだろうかと本気で考えてしまう。
確かに"ダークフレイム"などの闇属性攻撃魔法は強力だし、任意で対象を選べたり範囲攻撃できることも考慮すれば便利だ。
しかし相手を弱体化させたり、悪影響を与える魔法が多すぎる気がした。
中でも恐ろしいのは、英数字のⅣまで強化させた魔法だ。
"効果は続く"と言葉にしたが、正しくは"永続化"する。
任意で解除しない限り、半永久的に効果が続く可能性すらある。
おまけに"MP自然回復"がⅢに上がり、その性能が極端に向上した。
10分で全回復していたマナがⅠで7分30秒、Ⅱで5分、Ⅲへ到達したことでたったの2分30秒待つだけで回復してしまうチートスキルになっている。
その上、Ⅳまで高められる可能性は十分にあるだろう。
初期段階から25%ずつ時間が短くなっていることから推察すれば、恐らくは消費MPがゼロになる可能性が高い。
……本当に、俺に何をさせようっていうんだ……。
俺がその気になれば、本気で世界を手中に収めることすら容易に叶えられる。
いや、無限に魔法が使えるようになったら、世界そのものを壊滅できるだろう。
"空人"ってのは規格外だとしても、これはさすがにありえない。
強すぎるなんて話じゃないほどの絶対的な強者としか思えなかった。
「……ヴァイス君?」
「あぁ、悪い。
少し疲れただけだ」
「……そういう顔、してなかったっすよ」
あれだけ深く考え込んでいれば、表情にもはっきり出てるだろうな。
ともあれ、これ以上考えるのはよそう。
もし俺に何か役割のようなものがあるんだとしたら、いずれ分かるはずだ。
まぁ、小説やゲームに出てくる勇者サマみたいな他者から高潔に思われる行動なんて俺にはできないし、するつもりもない。
……そういえば、何度か"魔王"とは呼ばれたことがあるな。
甚だ心外ではあるが、傍から見ればそう映るんだろうか。
子供の情操教育にも悪いし、気をつけて行動するべきだな。
「……ヴァイス君はいい男。
己が道を信じ、突き進むがよかろう」
「……なんでそんな上から目線なんすか……」
「……今の私は王様なのじゃ」
「あー、はいはい、わかったっすよ。
んじゃ王様、王族に伝わる古の手法で縛り上げるの手伝ってほしいっす」
「……むぅ……王様使いが荒い……」
「ほらほら王様、あんよをぐるぐるして」
「……わかった」
さすがと言うべきか、手際の良さに目を見張る。
コツがあるとは聞いていたが、こうも違うものなんだな。
1分とかからず、ぐるぐる巻きにできるのか。
「……ふぃー、これでこいつは動けなくなったっす」
「奥歯に仕込んだ毒を噛み砕くのが、こいつらの手口だったな」
「そうっすね。
こういったものは取り出すのに時間がかかるっす」
「かまわない。
多少挑発すれば、勝手に使うだろ」
そこを狙う。
さすがに拷問をするつもりなんてないが、俺には威圧が放てるからな。
相手がプロなら、それ相応の圧を込めるだけで勝手に終わらせようとするだろ。




