詰み
アーティファクト持ちの可能性を事前に考えられたのはもちろんだが、何よりも多少のスペースがあればどこからでも狙える相手だと察する前に真上からの襲撃を許すなんて。
最初の一撃も2度目の攻撃も、ほんの少し反応が遅れていれば終わっていた。
空間出現からダガーが振り下ろされるまで約0.2秒といったところだろうか。
そんな凄まじい速度の攻撃を2度も避けられたのは重畳だ。
だが苦境に立たされている事実は変わらないし、変えられない。
それは同時に、こちらが取れる手段が限りなく少ないことを意味する。
捨て身なんてできない。
こんなアタシにも帰りを待ってる人がいる。
その人を悲しませる行動は取れない。
けど、それ以外に策が見出せないほど追い詰められた。
相手の攻撃速度は凄まじく、どこからでも深手の一撃に繋がる。
連撃が来ない点から察すると、しないのではなくできないのだろう。
ブラフの可能性を捨てきれない以上、こちらが動くこともできないが。
しいていえば、足元からの一撃は決定打にはならない。
回復薬で治療できる以上、足元からの攻撃はない。
だからこそ執拗に首付近を狙っていた。
同時にそれは、背後からの攻撃にも制限があることを意味する。
厚い壁は越えられない。
つまり、肉体を強化しているわけじゃない。
短距離しか狙い撃ちできないことも分かった。
遠くからの攻撃が可能なら離脱すればいいのに、その場を動かずにいるからだ。
それほど細かく空間移動ができないことも理解した。
1ミリ以下でも隙間があれば攻撃が可能なのだとしたら、一撃目で確実に決着がついてた。
だが、それらが分かったところで何の解決にもならない。
相手の取る手段は最悪としか言いようがない。
相性の良し悪しどころではなかった。
完全に主導権を握られた。
依然としてアタシは獲物のまま。
狩るのは向こうで、こちらは"ウサギ"だ。
相手に詰め寄れば刺される。
距離をあけても結果は同じだ。
こうしていても攻撃されるだけ。
この図式は変わらないし、変えられないだろう。
……"詰み"ね……。
深くため息をしながら連絡用魔石に魔力を込め、一方的に話し始める。
……任務失敗の報告をするのは、こんなにも情けないものだったのね……。
それでも最期くらいは真面目に仕事をしよう。
せめて一撃はどんなことをしてでも喰らわせる。
か弱いウサギでも噛み付けることを証明してやる。
だが、そんな覚悟など認めないと言わんばかりに水晶から声が届いた。
思わず涙ぐんでしまいそうになる自分を抑えながら、それに答えた。
『現状と場所を端的に話せ』
「……ヴァイス。
まだいてくれたのね……」
『早くしろ』
「敵1、空間を越える魔導具を所持、北北西3600メートルの廃墟内」
『すぐに行く。
派手に暴れろ。
可能なら外に出ろ。
それで正確な場所を特定する』
「了解!」
派手ってのは、ガラじゃないんすけど、ねッ!
転がっている小さな椅子を窓に打ち付けてある板へ放り投げ、両腕で目を守るように飛び込む。
すごい音を立てながら護衛者の近くに転がり出るが、問題ない。
こんな連中は敵じゃない。
厄介なのはひとり。
あとは――
「――かふっ」
……吐血?
眩暈と痺れも?
……遅効性の毒、か。
強い衝撃が背後に感じられた。
背中を深く、斬りつけられ……た。
避けたつもり、だけど……。
体が言うことを……聞かなかった。
これは、直撃、ね……。
……背中に毛布、かけられてる、みたいに、暖かい……わね……。
体が凍り付いて、動かない……。
ゆっくりと地面が、近づいてる……。
視界が……かす……む……。
……あぁ……フィリっちのごはん……もう一度、食べたかった……す…ね……。
…。
……。
……地面……遠いわね……。
……それに、なにか……温かいものに……。
「"エスポワール"」
急激に戻る活力に目を丸くした。
痛みも痺れも、瞬時になくなった。
そして同時に、自分に何が起こったのかを理解した。
……そうっすよね。
ヒーローってのは遅れても、必ず駆けつけてくれるんすよね……。
「あとは任せろ」
命の恩人の頼もしい声が、優しく耳に届いた。




