これが当たり前なのか
リーゼルに連れられた男どもと対面したのは、日も傾き、鮮やかなオレンジ色で空が染まった頃だった。
俺の予想通りになったが、入室した男に違和感を覚えた。
身なりから最上級のものを纏っていることは素人の俺にも分かる。
連れの騎士も高級そうな金の細工が施された趣味の悪い銀鎧を装備していた。
漂う気配から、それなりの戦士と分かる鍛え方をしているのも間違いない。
しかし、気になるところはそこではない。
貴族の子息と思われる男の瞳が、明らかにどす黒かった。
実際に色が黒いわけではない。
気配から俺がそう感じているだけだ。
だが、この色には見覚えがある。
……あぁ、そうか。
こいつ、人を人とも思ってない奴なんだな。
それも目の前の男は、平気な顔で人を殺めていると思えた。
親父も親父なら、息子もご同類のご趣味をお持ちなわけだな。
今すぐにでも斬り捨てたくなる強い気持ちを押さえ込み、俺の役割に徹する。
そうしなければパルヴィア公国民を含む多くの人たちを悲しませかねない。
そんな俺の感情を逆なでするように、気色の悪い声が室内に響いた。
「……下郎が立たずに席で待つとはな。
この国には面白い豚が生息しているようだ」
ルーナが流した情報はまだ受け取ってないみたいだな。
闇組織と繋がりを持たずに遊び歩いていたようだし、それも当たり前か。
青白い肌、まったく鍛えていない中肉中背。
見るからに戦えるような奴じゃないな。
魔法も使えない一般人か、こいつ。
これまでの情報やルーナからの話を聞いた限りじゃ、相当甘やかされて育ったんだろう。
苦労もせず、親の築いた権力を傘に好き勝手してきた馬鹿貴族で間違いない。
……間違いないが、俺の推察はどうやら半分だけ正解だったようだ。
こいつは危険だ。
人の命をもてあそぶ上に、それを心から喜ぶ狂人だ。
なまじ権力を持てば、ありとあらゆる愚行を繰り返す。
ルーナは分かってて教えなかったのか?
それとも、こういった連中はこれが当たり前なのか?
男は対面にどかりと腰を落とし、テーブルへ両足を乱暴に乗せた。
護衛騎士は貴族の後ろで待機するようだ。
その視線からは恐れの色が濃く現れている。
まぁ、そうだろうな。
この家系に恐怖で縛られてるんだろうと前々から予想していた。
少なくともそれなりの実力者なのは間違いないが、冒険者で言えばランクB上位程度の腕前か。
装備品にも特殊な付呪加工はされていない。
どれもこれも高級品ではあるが、ただそれだけだ。
こんなザルな耐性じゃ、大事なものを奪われても仕方がないな。
「……相も変わらず狭く汚い部屋だ。
豚小屋のほうが遥かにマシだな」
両腕をソファーの背もたれに乗せながら悪態をつく姿は、まさに愚か者そのものだった。
だがその程度の発言で苛立つ者など、ここにはいない。
いるのは男を捕縛し、その家ごと権力を失墜させようと目論む者だけだ。
どんな態度を取っても指輪は帰って来ると信じて疑わないんだろうな。
確かにその通りだが、現在の置かれている状況を理解できてないようだ。
なら俺は、俺のするべきことをするだけだ。
このふてぶてしい男が件の貴族、ニスカヴァーラ・リュティ・マルティカイネンの長子、ニスラ・リュティ・マルティカイネンか。
なるほど、碌な男じゃないことだけは間違いなさそうだな。
男を連れてきたリーゼルは、対面するテーブルを正面に捉えたまま発言した。
あくまでも冒険者ギルドは中立を維持しているように見せかける。
演技の得意なルーナじゃなくても、この男程度なら問題なく騙せそうだ。
「それでは、ギルドの立会いによる交渉を始めさせていただきます」
「――黙れ」
あまりのことに凍りつくリーゼル。
この展開は俺も予想していなかった。
「……馬鹿が。
下民風情が当主と対等であること自体、万死に値する。
クズはクズらしく、腐った残飯を喰らうだけで満足しろ。
このゴミ溜めに出向いてやったのは指輪を受け取るためだ。
そんなことも理解できない指輪を拾っただけのクズと交渉だと?
この国のゴミどもは人を笑わせるのが余程上手いらしいな」
とんでもない言葉を平然と語る男に道化の才能を感じた。
……こいつ、こんな性格でバウムガルテンまでよく来れたな。
他の町でも相当な問題事を起こしてたんじゃないか?
それでもかなり興味深い情報を得られた。
周囲を軽く見回すようにしながら、ちらりとテレーゼさんを一瞬だけ見る。
わずかに首を縦に動かしたその姿から、彼女もその可能性に気づいたみたいだ。
この馬鹿男は自分が何を口走ったのか、生涯かけても理解できないだろうな。
自称することは決して許されない、"当主"という言葉が持つ意味を。
そしてもうひとつの可能性。
こんな若造が大貴族の当主を名乗り出たことが、その信憑性を高めた。
大貴族ニスカヴァーラ・リュティ・マルティカイネンは、床に伏せっている可能性に。




