念を押す必要が
無言が続く室内にいたたまれなさを感じ始めた頃、目を大きくしたままのルーナは静かに訊ねた。
「……ヴァイスっち……いったいどれだけ深く潜ったんすか……」
「それを言葉にすると面倒事に巻き込まれかねないが……。
俺が連れている家族について、ヴィクトルさんもご存知なのでしょうか?」
《報告された程度ではあるが、おおよそは伝わっているよ。
当然、ヴァイス殿の大切な家族に危害が及ばぬよう最大限の配慮を心がける》
「ありがとうございます。
念のため、ここだけの話にしていただけますか?」
ヴィクトルさんがいれば、いらぬ厄介事になりかねないとは思わないし、この国は自衛軍くらいなら存在するが、他国を侵略するような危険思想を持つ者も上層部にはいない。
それでも、念を押す必要がある。
俺ひとりなら自己責任で済むが、今は家族を連れているからな。
《一応確認を取ったけれど、私を含めここにいる者たちもそれを確約するから安心してほしい》
「感謝します。
俺たちは迷宮100階層をクリアし、その先に進んだ上で修練を積みました」
発言と同時に空気が凍りついたような気配が室内に溢れた。
それも当然だ。
現在の常識ではとても考えられないことを俺は口にした。
本当は言わないほうがいいとも思うが、それでは嘘をつくことになる。
ヴィクトルさんとテレーゼさんには誠実でありたいと強く思えたし、確認ができない曖昧な情報になる以上、それほど悪いようにはならないだろう。
それにふたりは俺の意を汲んでくれるはずだ。
「ど、どういう、ことっすか、ヴァイスっち……」
「言葉の通りだよ」
あまりに衝撃的な話をしてると俺も分かってはいるが、今からする話を聞けば暗殺者と対等以上の強さを持っていると判断してもらえるはずだ。
いらない情報にもなりかねないが、83階層をうろついてるのが"攻略組"の最前線なら到達は不可能だし、何よりもランクS冒険者を凌駕する力を持つと判断してもらったほうがいいだろう。
ここは自由を尊重する国。
武力で他国の領土を奪うことをよしとする国であれば狙われかねないが、この国にいれば身の安全は確実に保障される。
他国に本部を置く冒険者以外のギルドマスターが報告するとも考えにくい。
たとえそれが悪名高いかの国だろうと、これだけ離れていれば手は伸びない。
本国に取り込もうと画策しようとする者もヴィクトルさんの近くにはいない。
それぞれのギルドは軍との繋がりを持たず、民間の憲兵隊としか深く関わりを持つこともないと聞くから、それほど大きな問題にはならないはずだ。
強引な手段を用いて従軍させようとすれば俺が黙っていないし、フラヴィたちもそれなりに強くなっている現在、連れ攫おうとするような馬鹿も撃退できる。
それはたとえ、最強の冒険者と言われるランクSの頂点が襲ってきたとしても、今の子供たちなら軽くあしらえる程度には強くなっているからな。
氷漬けから開放されたように解凍したテレーゼさんは、静かに訊ねた。
その常識と言われていることについてもしっかりと話しておくべきだな。
「……迷宮到達階層は83階で、現在も攻略中と私は聞いていますが……」
「俺もそう聞いていますが、残念ながら子供たちの修練にはならなかったので先を目指すことにしました。
91階層からオークやオーガが出始めますが、単調な攻撃に鈍重な速度の相手から得られるものは少なく、拍子抜けと言わざるをえない魔物しか出ませんでした。
あれでは体が大きいだけのゴブリンとしか思えなかったです」
ぽかんと口を開けるルーナに思うところはあるが、彼女であればオーガの1匹や2匹、単独でも瞬殺できる強さを持つはずだ。
そうでもなければ、俺はバルヒェットで彼女に威圧を飛ばしていなかった。
あの時は毒事件のせいで相当イラついていたが、それ以上に彼女の持つ強さをあのまま看過できなかったことも大きい。
彼女の強さはこの世界でも相当なものだ。
並みのランクSでは子供扱いをするだろう。
鍛える前のリーゼルを超えていたとも思える。
恐らくだが、幼少期からそういった教育を受けていたんじゃないだろうか。
鍛錬による強さを超えた何かを、彼女から感じた。
だからこそ今回の一件には非常に助かる戦力なんだが、それは同時に彼女並みの強さを持つ存在が確実にいる、ということにもなる。
ルーナは俺と対面してから仮面を付け続けている。
けらけらと楽しげな笑みを見せてはいるが、その本質は闇に近いと思えた。
敵意がない以上それに口を出したりはしないし、深く関わろうとも思わない。
だが、そういったことを意図的に訓練されているのなら厄介だ。
それは詰まるところ、"忍"のような陰の組織が存在することを意味しているんじゃないだろうか。




