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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十三章 大切な家族のために
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過酷な道であろうと

 なおもブランシェの修練は続き、10個目となる氷塊を消すと彼女の放つ気配にわずかな変化が生じた。


「む?

 ブランシェの気配が変わったな。

 何かをするつもりなのか?」

「あぁ、そうみたいだな」


 そう言葉にしたが、あの子のしたいことも理解してるつもりだ。

 どうやら考え続けていたのは"魔法の対処法"だけじゃなかったみたいだな。


 ずっと前からその先(・・・)をこの子は見ていたのか。


 迫る塊を引きつけながら氷の表面をなでるように手を回転させ、音を立てることなく氷塊を見事に受け止めてみせた。

 その姿に眉をぴくりと動かした俺は、早歩きでブランシェへ足を進める。


 この子が見せたものは、紛れもなく"静"系統上位技の"円"だ。

 力の流れをコントロールできるようになるこの技術は、回避に適した"静"系統の中でも異質といえる効果を持つ。


 この技術は相手の力を無力化するだけじゃない。

 流れを掴めば返し技に繋げることができる凄まじい技術だ。

 それも無防備な状態に叩き込めるから、その威力は並のカウンターを超える。


 "円"を完全に使いこなせるようになれば、体術だけで相手を圧倒できる強さを手にすることになるだろう。


 体得はまだ遠いが、まさか"避"を覚える前に手にするとは思ってなかった。

 確かにこれまで見せてきたこの子の身体能力なら体得してもおかしくはない。

 並外れた感覚と習熟速度を考えれば、それも必然だったのかもしれないが。


 しかし……。


「……やった……。

 やったぁ! できたぁ!

 ……って、ごしゅじん? どしたの?」

「どしたの、じゃない」


 氷塊を掴んだままの右手に優しく触れる。

 同時に苦悶の表情を浮かべ、ブランシェはごとりと地面に塊を落とした。


「――ッ!?」

「ったく。

 使ったことがない上位技を実戦で試そうなんて、さすがに無謀だよ」


 ブランシェにも手のひらを見えるように角度を変える。

 初めて使った"円"、それも氷の表面を素手でさわれば傷つくのも当然だ。

 塊は球体じゃないし、ごつごつしたもので試そうとするのは良くないんだよ。


 かなり痛そうな手のひらにヒールを使い、回復させた。


「ありがと、ごしゅじん」

「あぁ。

 だが、練習もなしに実戦で使うのは危ない。

 それだけ危険も付きまとうから、言ってくれたら俺が相手をしたよ」

「……ぅ、ごめんなさい……」


 しょんぼりと耳と尾を下げるブランシェの頭を優しくなでながら、話を続けた。


「でも初めて使ったにしては、中々いい"円"だった」

「ほんと!?」

「あぁ、本当だよ。

 ちょうど飛んできたし、もう一度見せておくか」


 ブランシェを氷塊の直線状から一歩だけ離れさせ、俺は"円"を使う。

 丁寧に、何よりもこの子が見やすいように心がけながら。


 今のブランシェなら、以前とは違った視点で見えるはずだ。

 拙いとはいえ、"円"を一度使っているからな。

 どこが違うのか、どうすれば技として使えるのか、改善点を探りながら修正できるだろう。


 氷塊を地面に落とし、右手のひらを見せる。

 感動と何かを掴みかけた興奮を感じさせる瞳をしていることに嬉しく思う。

 俺はこの技術を体得するのに随分と時間をかけたが、この子はすぐに使いこなしてしまいそうだな。


「って、ごしゅじん!

 あいつ魔法使わずにこっちきたよ!」

「どうやらMPが切れたみたいだな」

「……ってことは、もう練習できない?」

「まぁ、次の機会、だな。

 技の本質は捉えていたし、あとは練習あるのみだな」

「ほんと!?

 じゃあ"円"の修練、続けてもいい!?」

「ダメって言っても、使いたくてしょうがないんだろ?」

「うん!」


 満面の笑みで答えながら、瞬時にゴブリンを切り伏せるブランシェ。


 そんな彼女の進もうとしている道に思うところはある。

 "避"を使いこなせないなら、相手の動きを見極められてないことを意味する。

 その状態で上位技に手を出せば怪我をするのは目に見えているが、俺には体得したいと強く願うブランシェの気持ちを否定することはできない。


 俺も同じだったからな。

 手にした感覚が確かなものだと理解できた瞬間。

 それは何ものにも変えがたい喜びに思えた。


 この力を極められるかもしれない。

 そう確信した瞬間が、この子にもあったんだろう。


 なら俺には止めるように助言はできない。

 それでも注意だけはしておく必要があるが。


「"避"を体得せずに先へ進む道は、怪我をしながら"円"を学ぶ道と同じだ。

 俺の時とは違ってこの世界にはヒールがあるから治すことはできるが、それでも強い痛みを感じながら練習することになる。

 俺としてはブランシェにそういった"痛み"を感じさせたくはないんだが……」

「それでも、何か掴みかけたから。

 アタシは痛くても頑張りたい」

「……そうか」


 強く決意をしたブランシェの頭に手を乗せ、優しくなでる。

 嬉しそうに目を細める子を心配しながら、俺はどこかこの子がそう答えるだろうと思っていた。


 性格は違うが、この子が持つ考え方は俺と似ている。

 特に修練に対するストイックな部分は同じかもしれない。


 もっと先に。

 誰よりも強く。


 最短距離を目指す気持ちを否定すれば、俺自身が積み重ねてきたものを否定することになる。

 そんなことをしてしまえば、俺の中で何かが変わってしまうような気がした。


 いずれ"円"は使えるようになってもらうつもりだったが、予定より少し早いか。

 でも、この技を体得すれば劇的に強くなれるし、それだけ安全性も向上する。

 何よりも、この子の強い意思と決意を俺は尊重したかった。


 それがたとえ、怪我と治療を続ける過酷な道であろうと。


 "痛みを感じるからこそ学べることもある"、なんて話も聞くし、そうでもなければ学べないこともあると俺は思っている。


 だとしても、なるべくこの子に痛みを与えたくないと真逆のことを考える俺は、やっぱり甘いんだろうな。


 自分のことだと何とも思わなかったが、ブランシェが傷つく姿を見たくない。

 そう思える自分がいることに驚きと、そんな気持ちを肯定する感情に不思議なアンバランスさを感じていた。

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