急激な変化を
転がるランページホースの手前で喜ぶ3人に、俺は戸惑いを隠せずにいた。
今回のボスは確かにそれほどの強さを感じなかった。
攻撃力こそ強いものの、所詮は馬の魔物。
突進と脚の攻撃に気をつければいいだけだ。
特に棹立ちからの前脚と、背後に蹴り飛ばす後脚が厄介だが、それ以外は体当たりくらいしか攻撃手段がない。
あるとすれば噛み付いてくることも考えられるが、動きの速いライトフォックスを倒せる時点で問題にはならないだろう。
もちろん脚の威力は冗談じゃ済まないほど強い。
それこそ後脚のひと蹴りで大岩を砕くかもしれないな。
重鎧を装備した屈強な男を巨大な盾ごと吹き飛ばすだろう一撃を持つ突進は、驚異的であることも間違いじゃない。
しかしそれも、"攻撃が当たれば"の話だ。
いくら瞬発力に優れていようが、今の子供たちに当てられる速さはなかった。
むしろランページホースの重量を考えれば、それほど機敏な動きを見せないのも当たり前かもしれない。
サラブレッドとは明らかに違い、膨れ上がった筋肉で覆われた太い首と脚を持つその姿は、重種に分類されるペルシュロンそのものだ。
馬車用の馬ではなく軍馬を連想する魔物は動きこそ鈍重だが、桁違いの威力を叩き出す。
当然それは当てられることを前提とした話となる。
向こうの攻撃が当たらないとしても、フラヴィとブランシェの繰り出したダガーの一撃ずつだけで倒せるような相手でもない。
筋肉で覆われたその体は鎧を連想させる。
それを貫くための強化魔法だろうと、これだけの威力はまだ出せないはずだ。
敵が直線移動から急停止したことには驚いたが、そこからブランシェに目がけて棹立ちから前脚で踏み潰そうと動作を起こしたところを狙ったのはいい。
相手の攻撃に隙が生まれるのを正しく理解した上での対応だからな。
その分、危険もつきものではあるが、今のふたりなら攻撃を避けつつ一撃を入れることは造作もない。
がら空きになった後脚へ刃を通すことも難しくはないが、風のように魔物の真横をすり抜けたフラヴィはその速度を利用しながら足首を狙った。
あれは鋭く、何よりも重い一撃だったことは明らかだ。
技術と身体能力をしっかりと使った一閃に耐えられる魔物だとは思えない。
堪らずに倒れ込んだのも当然と言えるだけの威力を持っていた。
そしてその隙を見逃さず、確実に相手の急所を貫いたブランシェ。
まるで金属鎧すら意味をなさないかのような鋭さを感じさせた。
そんなふたりをサポートしたエルル。
ランページホースの行動を封じ、体重を完全に支えるだけの強さを持つ魔法壁で押さえ込んだことで決定的な隙を作り出した。
相手は魔物とはいえ、その形態は動物に酷似している。
そこから推察できる攻撃から考えて、棹立ちの状態で押さえ込めば前脚を振り下ろせないのは必定だ。
間接を無視した動きは絶対にできないんだから、それを冷静に見極めた上にピンポイントで魔法を打ち抜く技術は申し分ない。
現状で考えうる最高の成果のひとつだとは思うが、それよりもまさかたったの3撃、正確にはエルルが使ったのは相手の攻撃を押さえ込む魔法壁だから数えないとしても、ブランシェとフラヴィが2回斬りつけただけで倒してしまった。
相手は攻撃力だけじゃない。
耐久力もかなりのものを持っていたはずだ。
攻撃が当たる直前に身体能力強化魔法を使ったのは分かっている。
だがそれを踏まえたとしても、威力が強すぎる重い一撃だった。
"その先"が見えるようになる気配察知の感覚をわずかでも手にしてから、極端に強くなった気がする。
強くなるのはいいことだ。
倒せなければすべてが終わるんだ。
しかし、それでも急激な変化を感じさせた。
「ふむ。
凄まじい威力だったな」
「あぁ。
あれだけの攻撃を動作前とはいえ防いだエルルの魔法も確かに凄いが、フラヴィとブランシェの鋭さは俺も驚いたよ。
相手が攻撃重視の魔物ってこともあるが、それでも2撃で倒せる威力が出せたのは確実に急所を狙えたことが大きい」
迷いがあればこうはいかない。
強化魔法をコントロールできていなければ、あの威力は出ないだろう。
それに、これだけの実力を出せたのは身体能力強化魔法だけじゃない。
エルルはまだ難しいとは思うが、フラヴィとブランシェは相手の弱点すら冷静に見極められる領域に足を踏み入れつつある。
当然、対象の弱点が光って見えるような力ではない。
あくまでも感覚的に認識できるものだから、ふたりが見えたものを言葉で説明することは難しいはずだ。
戸口とはいえ、これだけ体現できるようになってる点を考慮すれば、今後も急激な成長を見せるかもしれないな。




