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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十三章 大切な家族のために
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定例会議

 書類整理を続けるテレーゼの耳に届いたのは、聞き慣れた男性の声だった。

 穏やかで、とても静かに室内へ響く声色に心地良く思いながら、彼女は答えた。


「テレーゼです」


《少し早いが、定例会議を始めてもいいかな?》


「構いません。

 室内には私しかおりませんので」


《そうか》


 ほんのわずかな声の揺らぎをテレーゼは感じ取った。

 これまで幾度となく交わしてきた言葉に、波紋のような揺らめきがある。

 どうやらここにきて何か進展があったようだと彼女は考えながらも耳を傾けた。


《2日前の午後、(くだん)の貴族がレーヴェンタールを発ったと報告された。

 順調に進めば明々後日にはレーヴェレンツに到着すると思われる》


 トーヤとの対談から4日目にして、事が動いたようにテレーゼには思えた。

 バウムガルテンを目指していることは想像に難くないし、いずれは確実に来ることも分かっていた。

 しかし、訝しむには十分すぎるほどの言葉が、彼の発言に含まれていた。


「……午後、ですか?」


《あぁ、そう聞いているよ》


 冒険者や商人だけでなく、旅人であれば早朝に出立するのも珍しくはない。

 朝までには出ているのが一般的だと言えるが、昼に町を出ることは少ないはず。

 ましてや問題の男は些細なことでも注目せざるをえないのが現状だ。


 その疑問もヴィクトルは考慮していたのだろう。

 声色を一切変えることなく彼は答えた。


《町で誰かと会っていたり、何かをしていたわけではなさそうだよ。

 恐らくは貴族の男が無理を言ったと推察されると報告を受けた》


 それは詰まるところ、碌な話ではない。

 考えるのもため息が出てくるような内容が答えだと思われた。


 ひどく呆れたように、小さく息をつく。

 強い疲労感が彼女に襲いかかってきたようだ。


 だが同時にそれは、こちらにとっても決して悪い話ではない。

 それを理解しているテレーゼは呆れたままの表情を戻して話した。


「失礼しました。

 続きをどうぞ」


《貴族が時間を無意義に潰してくれるのなら、こちらとしても好都合だ。

 これは推測だが、バウムガルテンまでは最低でも2週間はかかるだろうね。

 どうも時間をかけて移動しているようだし、長旅の目的もおおよそ掴めてきた》


 男の足取りから様々な仮説が立てられる。

 問題はそれとは別の目的だった場合だ。

 完全なイレギュラーともなれば、すべてはバウムガルテンに所属するテレーゼの手腕にかかってくると言っても過言ではない。


 そしてもうひとつ、重要な人物の行動次第で状況は一変することになる。


《ヴァイス殿がどれだけ強くなってくれるかで、物事が大きく変化するだろう。

 しかし、私自らが出向くことは難しいようで申し訳なく思う。

 直接手を下せるのなら、彼の力を借りずとも済むのだが……》


「御身に万一のことでもあれば、文字通り世界が揺らぎます。

 どうかご自重くださいますよう、切にお願い申し上げます」


 どこか涙しそうな表情を浮かべながら、テレーゼは答える。


 連絡用の結晶は姿までは投影できない。

 だからといって、その声色から察することができないほど彼は疎くなかった。


《あぁ、わかっているよ。

 私が動けば目立ちすぎるし、どの道この場を離れるわけにはいかない。

 事の解決に動けぬ以上、ヴァイス殿にばかり負担をかけてしまうことになるが、それもやむなしと考えてもらっているだろうね》


「彼は一流の武芸者です。

 その身に纏う覇気は、並のランクSを凌駕していました。

 並大抵の敵では敗北する姿を想像できません」


《私が言葉にするのもなんだが、随分と声色は若いように思えた。

 しかし発言の端々から察するに、やはり彼は優しすぎる。

 その辺りは我々ギルドが全力でサポートするべきだ》


「はい、心得ております。

 ヴァイス殿が助力を求めれば、すぐにでもギルドが動けるよう手配済みです。

 それと、すでにルーナは暗黒街の内偵に入りました。

 ゴロツキどもとの接点を持ちつつ、情報を逐次報告しています」


《……ふむ。

 暗殺ギルドの情報を彼女が手に入れられるかも鍵のひとつだが、ルーナをもってしても入手できないとすれば、ある意味では可能性が絞られることにもなる》


「はい。

 彼女もその可能性を示唆しています」


 しかし、事はそう単純な話でもない。

 これまで"あと一歩"などとは程遠い場所を行ったり来たりしかできなかった。


 巧妙、狡猾な上、思慮深く危険察知能力も高い者が幹部以上の座についている。

 その病的なまでの用心深さがこれまで捕縛はおろか、その存在すらはっきりとさせなかったのだから。


 最大で最後の好機とはいえ、失敗すれば逆にこちらへ付け入る隙を与える結果となるのは目に見えている。

 ここで確実に根元から断たなければ、世界は未曾有の大混乱を引き起こすことにもなりかねない事態となる可能性すら考えられる。


《何としても、今回の一件で片をつける必要がある》


「……はい」


 緊張感が走るふたりの声が、広い室内に静かに響いた。

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