絶対に嫌だ
残るはブランシェなんだが、本音を言えばこの子がいちばん不安だ。
ダガーは短く、急所には届かない。
かといって打撃は無効化される。
貫くような衝撃を出せれば倒せるが、これだけ動き回られる相手に直撃させるには経験と技量が足りないと言わざるをえない現状で、片手剣や槍を振ったことのない子にできることは少ない。
身体強化魔法を使っても威力が増えるだけで、打撃には効果がないだろう。
限られた攻撃しかできない今のブランシェがアクティブなスライムを倒すには、正直あの方法くらいしか俺には思いつかないが、細糸のような答えをこの子自身が手繰り寄せられるのか。
それが今回注目するべきことで、できなければしょぼくれて帰ってくることになりかねない。
あの表情と気配から察するところ何かを掴めた様子だが、どうなることやら。
一抹の不安を感じる不穏な空気の中、意気揚々とスライムに向かうブランシェ。
その速度から圧倒的強者を思わせる実力差があるのは間違いない。
だが相手は衝撃に強い耐性を持つ。
現在のあの子には天敵に近い相手だ。
並の打撃が通らないのは目に見えている。
そのままの状態で打ち込んでも効果が薄いぞ。
スライムと5メートルほど離れた位置で、ブランシェはその場に急停止した。
極端に構える姿勢は人間相手なら警戒されるが、魔物には気づかれないようだ。
弾みながら腹を狙って体当たりをしてくるスライムを左こぶしで掬い上げ、右こぶしを軽く当てて真上に跳ね飛ばす。
体を大きく横回転させ、落下してきた相手に強烈な右かかとを叩き込んだ。
そうだ。
それが正解のひとつだ。
相手が飛び回るなら、こちらが隙を作り出せばいい。
軽く吹き飛ばせる重量なのも、柔らかく殴りやすい相手なのも理解した上で、空中に留まらせながらこちらのタイミングを合わせればいいんだ。
空を飛ぶ相手には難しいだろうが、スライムには関係ないからな。
角度、バネ、捻り、タイミングとすべてが完璧な後ろ回し蹴り。
これは俺が一度見せたものだが、やはりこの子は一度見ただけで体得したか。
本当に羨ましいセンスを持っているな、ブランシェは。
衝撃から体の形を大きく変化させながら凄まじい速度で壁に向かうスライムだったが、どうやら空中で光の粒子となって消えるほどの威力があったようだ。
ぴんと右足を真っ直ぐ伸ばしたまま、ブランシェは真剣な声色で言葉にした。
「……アタシだって、ただ見てただけじゃないんだ。
こんなところで立ち止まったままだなんて、絶対に嫌だ。
もっともっと強くなるんだ、アタシは……みんなと一緒に!」
ゆっくりと上げていた足を下ろし、こちらに振り向く頃には普段と変わらない楽しそうな表情に戻っていた。
ダンジョンに潜ってからまだ3日目だが、子供たちは多くのことを学んでいる。
自分にできることだけじゃなく、できないことや自分が目指すべき強さも見えつつある今、基礎的なものの他にそれぞれの修練を始めてもいい頃合だと実感した。
あとは、本格的に修練をする場所、か。
敵がある程度強く冒険者のいない場所ともなれば、もっと降りる必要がある。
できれば人型の敵に加え、安全も十分に確保ができる場所が理想だな。
今の子供たちなら、魔法による身体強化をしつつ魔物を確実に倒せるだろう。
対魔法耐性を持つ相手をエルルが倒せる必要は、将来的な話で十分だな。
それよりも各々の個性と性格に合った強さに向かうことのほうが遥かに重要だ。
まずは先を目指しつつ、夕食後には"静"系統の修練に入ろう。
最低でも"避"を覚えてもらえば、それだけでも安全性は確保できる。
当然、緊急時に切り替えられるだけの技術力と冷静さは必要になるが、この子たちならそう時間をかけずに手に入れられるだろう。
フラヴィはすでに体得済み。
ブランシェは持ち前の才覚から問題ない。
エルルはふたりほど瞬時に使えなくとも、今は俺たちがいるから大丈夫だ。
"避"の体得と同時に"円"をブランシェに学ばせる。
それも恐らくは時間がかかるとは思えない。
あとは魔法による身体能力強化を5分維持できるようにして、将来的には30分ほどまで伸ばしてもらう。
これで、おおよその形にはなる。
ここまでくれば、現在のリーゼルが持つ本気の強さ以上にまで届くだろう。
世界最高ランクSの上位と思われる彼女のレベルにまで成長してくれるなら、ひとまずは安心して見守れるからな。
期間はまだ27日もある。
イレギュラーを考えても20日は確実だろう。
これなら十分、間に合うはずだ。
大人たちの修練にも入れるし、俺の課題も山積してるが何とかなりそうだ。




