課題のひとつ
朝食前の運動を終えた俺たちは、ブランシェの腹から奏でられる音を合図に食事を取っていた。
あれから気配察知のさらに上を目指し、口頭での説明を軽くしながらもふたりの成長を見守ったが、ブランシェのほうは何かを掴みかけていたようだ。
戦闘に関しては並々ならぬ才覚があるのは分かっていた。
しかし、これほど短期間で感覚を得るとは思っていなかったな。
フラヴィは知識として覚えているはずだし、これまでは筋力と体力の低さが邪魔をして体現できなかった。
コツさえ掴めば、近日中には使いこなせると思う。
問題はふたりが"静"と"動"を学んでから使うと決めている点か。
だとすると、今回の技術もそれに当てはまるかもしれない。
それだけふたりを大切な姉妹として見ているのは分かるんだが、他のふたりが焦るような状況になったら、さすがに注意をしなければならなくなる可能性もあるだろうな。
それを重荷に感じるような子たちではないと俺は思っているが、どうなるかはその時になってみないと分からないことも多い。
今はしっかりと、この子たちの機微を見極める必要がある、か。
食後の小休憩を挟み、リターンマッチを申し出たふたりの相手をしながら、エルルの様子も確認する。
やはりずっと何かを考えながらこちらを見ているようだ。
これだけ素早いふたりを前にすると、今のエルルにできることは少ない。
残念だが、このままあの子が参戦すれば、ふたりの動きを制限することになる。
後方での魔法支援は、近接攻撃する者よりも卓越した技術と、戦況を冷静に見極めながら判断を下せられるクレバーさと決断力が必要だ。
その点を考慮するなら、エルルは適任だ。
しかし、子供の思考でどうこうできる限界をとっくに超えているのも事実。
大人であるリージェとレヴィアも答えを出せないんだから恥じることはないし、自分にできることをゆっくり見つめ直す時間は誰にでも必要だと俺は思っている。
これをいい機会として次に活かせるようになるか。
それが、エルルに与えられた課題のひとつだろうな。
ブランシェ並みの筋力もなく、昨日までのフラヴィが持つ体力もない。
しかし、ふたりにはない"考える力"と、"状況を見極める力"が卓越している。
そして何よりも、この子にしか使えないオリジナルの魔法を持ってるんだ。
そこに気づき、自分に合った方法を思いつけば世界はすぐにでも激変することを、幼いこの子はまだ知らない。
答えはすぐそばに、それもエルルの目の前にあるんだよ。
助言を求めれば言葉にするが、この子なりに自分で努力をしようとしている。
……そうだよな。
これだけ妹たちが頑張ってるんだもんな。
お姉さんとしては頑張りたいよな。
そう思いながら、俺は開きかけた口を噤んだ。
これは余計なお世話だ。
むしろエルルの成長を妨げかねない。
そういった瞳の色を、この子はしていた。
* *
片付けも済ませ、32階層へ向かおうと足を進める手前でエルルは言葉にした。
「トーヤ、もう一度、模擬戦をして欲しいの。
今度はあたしもふたりと一緒に戦いたい」
「……ふたりは大丈夫か?」
エルルの言葉が嬉しかったんだろう。
表情を明るくさせたふたりは嬉しそうに答えた。
「うん!」
「もちろんだよ、ごしゅじん!」
「それじゃあ準備をしようか」
俺の言葉に3人揃ってその場を離れた。
本当に仲がいいな、あの3人は。
何かを掴みかけてるみたいだし、作戦が上手くいくといいな。
「ふむ、とてもいい瞳の色をしているな、エルルは」
「それに発せられている気配がとても澄んでいます。
心地良さすら感じさせるほど美しく思えますね」
「どうやら何か切欠を掴めたようですね。
迷いが晴れたような清々しさを感じます」
「魔法による強化を自在に操れないあの子にできることは限られている。
だが、戦闘に参加できないかもなんて、俺は思って欲しくなかったよ」
あの子にはあの子の、エルルにしかできないことがあるんだ。
魔法は素人の俺だけど、そのくらいは分かっているつもりだよ。
「エルルの出した答えがどういったものか、楽しみだな」
「あの気配は中々に厄介そうだ。
今度こそ主も一撃をもらうのではないか?」
「あの子たちにはまだまだ習うべきもの、体得して欲しいものがたくさんある。
ここで俺が攻撃を受けるわけにはいかないが、気をつけながら行動するよ」
魔法による身体能力強化が確立されていない今現在のエルルなら、その攻撃手段もいくつかに限られてくるし、様々な一手を熟慮してもそう多くないはずだ。
……とはいえ、あのエルルだからな。
何かとんでもない手段を仕掛けてくるかもしれない。
今回は、いつも以上に気合を入れておくべきか。




