たった一晩で
凄まじい速度で迫るブランシェとフラヴィ。
これはさすがに驚きを隠せない。
今回はフラヴィの身体能力がどれだけ向上したのかを確認するためと、ブランシェとの連携が巧くいくかを見ることに重きを置いた模擬戦だ。
エルルは後方に待機し、"静"の体得に集中する。
あの子は言葉にしないが、恐らくは自分が参加するよりもふたりの動きを何とか見切ることを優先しているのかもしれない。
自分にできることとできないことが、はっきりと見えてきた頃合だな。
だからこそ自分がふたりの力になれる方法を、あの子は必死に探している。
それにしても、元々ブランシェはフラヴィとの連携を重視する動きをしていたが、俺の想像通り、違った意味で問題点が浮き彫りになったな。
フラヴィがここまで筋力アップしているとは、さすがに想定外だ。
まさかブランシェの最高速度に追いつくまで成長しているなんて、思いもよらなかった。
これなら文字通りに速度で敵を翻弄することができる。
人間相手でもこれだけ素早く動かれたら対応なんて取れないだろう。
何よりも移動中に身体強化魔法を取り入れている。
それも緩急をつけながらこちらの動きに制限をかけるフェイントをするなんて、もう並のランクS冒険者をとうに超えた強さを手にしてるな。
本当に面白いことを考える。
これはエルルの案だな。
やはりあの子には参謀のような役が向いているみたいだ。
リージェとレヴィアに続く、3人目の頭脳としてパーティーを支えてくれると、俺としては嬉しいんだが。
逆にふたりの間にエルルが入れなくなっていることは問題だ。
これだけ動き回られたら、後方から魔法なんて撃てない。
だからこそ今もエルルは自分にできることを考え続けている。
その改善策もある。
だがそれは、エルルに見つけ出して欲しい。
この子なら見つけられるという期待感も俺にはある。
「くっ!
これだけ早く動いてるのにッ!」
「まったく当たらないの!」
様々な角度からの連携や時間差での攻撃を続けるふたりだが、そう簡単に"避"を看破されても困る。
これは一応、回避に卓越した技術になるからな。
攻撃できないデメリットがあるとはいえ、避けることに集中した俺に当てるのはまだまだ難しいだろう。
これもいい機会になる。
斬撃を、刺突を、掴み技をするりを避け続けながら、俺はふたりに話した。
「速度だけじゃ届かない相手もいるんだ。
相手の死角を狙うのは戦いにおける基本のひとつだが、気配を察知できる相手は全方位を知覚できる以上、背後から攻撃するメリットは少ない。
それと連携を巧みに使うのも大切だが、もうひとつ必要なものがあるんだ。
集中して相手の気配を探ることで、ある程度は行動を予測できるようになる」
気配察知の、"もう一段上の世界"。
集中するだけで相手の行動は予測できない。
だがこれは感覚的なものになるから、言葉で伝えても難しい。
問題は、相手がフラヴィとブランシェだってことが大きい。
ふたりはこれまでの戦いや模擬戦での動きから、かなりの経験を積んできた。
人とは違う鋭い感覚を持ち合わせていることもあって、物覚えがとてもいい。
中でもブランシェは戦闘に特化した種族みたいだからな。
一度のミスを繰り返すことはほどんとしないし、こちらの動きをたった一回見ただけで体得してしまう天才的な感覚を持ち合わせている。
本当に羨ましい限りだが、この子はもう相手の動きを予測できる世界に足を踏み入れられるだけの潜在能力は十分にあるだろうな。
何よりも、この子が最前線で戦うことの意味は非常に大きい。
しかしそれも昨日までの話だ。
今のフラヴィは、ブランシェに勝るとも劣らない身体能力を手にしてしまった。
さらには俺から受け継いだ技術があるから、それらを巧みに使い合わせればすぐにでも相手の行動予測を理解するようになるだろう。
戦闘面での強化が著しい点は評価できる。
今のフラヴィなら、俺と同じ位置で戦うこともできるだろう。
だが、看過できない大きな問題を抱えてしまった。
それについての答えが出ない以上は机上の空論になるが、それでもこれがいい兆候だとは思えない。
この子は人の姿を取れるようになっているが、元々はフィヨ種。
ピングイーンの中では潜在能力が未知数と言われている子ではある。
身体能力としては最高だとパティさんは教えてくれたが、それはあくまでもピングイーン族の中での話だ。
心根の優しさは考えないとしても、あの体系と身長ではまともに戦えるような子だとは思えない。
しかし、今のフラヴィを見ていると、凄まじい強さにまで成長してしまったことは、もはや疑いようもない。
唯一弱点だった体力の低さも改善された今、この子が持つ強さは極端に跳ね上がったと言えるだろう。
だからこそ思う。
ありえないと。
これは、異常だ。
強すぎるといってもいい。
ブランシェは戦闘に特化した最強種と呼ばれるフェンリルだ。
冒険者ギルドからは伝説の魔物とさえ扱われる種族だから、分からなくはない。
だがフラヴィは違う。
この子は真逆の"最弱種"だ。
確かに体力のなさを改善させようとは思っていた。
しかしそれは、あくまでも将来的な話だった。
年齢を重ねた上で、ゆっくりと身につけてもらうはずのものを、この子はたった一晩で手にしてしまった。
……こんなこと、ありえるのか?
俺は魔物に詳しくない。
それでもこれは、明らかに桁違いの強さだ。
ましてや成長したとはいえ、見た目はまだ6歳児。
違和感を覚えるとしか言いようがない。
素直に褒めていいのかですら、俺には判断がつかなくなっていた。
「……まぁ、それでも俺は、褒めるんだろうけどな」
「今度こそッ!」
「当てるの!」
ふたりの攻撃を避けながら、何とも言えない感情が溢れた俺はふたりの成長に誇らしく思いつつも、どこか言いようのない不安に襲われていた。




