俺だけなのか
それは明け方。
朝日が昇る前の、ちょうど空が白み始めた時間帯だと思う。
時計がないので正確には分からないが、大体そのくらいの時刻だった。
胸に違和感を強く覚え、俺は目が覚めた。
フラヴィが眠っているはずだが、その重さは首を傾げるには十分すぎた。
視線を胸元に向けると、俺はそのまま凍りつく。
すやすやと眠る子が、6歳児ほどまで急成長していた。
俺の身長と合わせて考えると、およそ120センチまで伸び、体重も20キロほどまで増えているようだ。
その寝顔から、見た目の可愛らしさが落ち着き、綺麗な顔立ちになりつつある。
思わず幼少期を思い出させるが、それよりも別の感情が胸の奥から溢れてくる。
……なんだ、これは。
なんなんだ、この感覚は……。
まるで、胸の奥底から警鐘を鳴らしているようにも思えた。
……違和感。
その言葉がしっくりくる。
これが自然なことだとは、とても思えなかった。
魔物に詳しいわけじゃないし、俺の取り越し苦労かもしれない。
いくら考えても、その答えが出ないのは分かっている。
だが、それでもこの姿に違和感を覚えてならない。
どうやら目が覚めたようだ。
軽く体を伸ばす仕草も、ぼんやりと周りを見る姿もこれまでと変わらない。
だが、決定的に違うと断言できるほどの、強い何かを感じさせた。
「……ぅん……。
おはよう、パパ」
「あ、あぁ、おはよう、フラヴィ」
上半身を軽く起こしながら、いつもと変わらない笑顔でフラヴィは言葉にした。
しかし、どうにも腑に落ちないことが多すぎる。
思わず訊ねてしまったが、それも仕方がないと俺には思えた。
「……体に、違和感はあるか?」
「いわかん?」
首を傾げるフラヴィは訊ね返す。
さすがに難しい言葉は発音がたどたどしい。
その反応からまだ子供なのは間違いない。
同時に看過できないほど力が、この子の体に内包されているのを感じさせた。
……これは、明らかに異質だ。
模擬戦で試す前からはっきりと気配で感じ取れるほどに強くなっている。
精神的にも成長しているのはこの子の反応から伺いようもないが、それよりも遥かに肉体的、主に筋力が増強されているのは確実だろう。
それも極端な急成長としか思えないほどの強さを感じさせるフラヴィに、戸惑わないほうが無理だ。
そのほっそりとした子供の体で、いったいどれだけのことを実現するのか。
今の俺には見当すらつかない強さにまで達してしまったのかもしれない。
「体が痛いとか、辛いとか、苦しいとか。
そういったことは、ないか?」
「ううん、ないよ。
それよりもわたし、体がすっごく軽いの!」
……受け答えがしっかりできるまで育ったのか……。
言葉遣いも随分と成長したようだ……。
いつもの優しい笑顔を俺に見せてくれた。
しかしこれを素直に受け止めていいのか、俺には分からない。
胸が、ざわざわする。
体に変調を感じないとしても、悪影響はないと判断することはできない。
そんな軽々しく片付けていいとは、とてもではないが思えない。
「おー!
フラヴィ、おっきくなったねー!」
ブランシェも起き上がり、フラヴィの成長を喜んだ。
この子であれば、危険を察知する力が優れているはず。
なのにこの反応。
問題ないと判断しているのか?
いや、それすら感じていない様子だな。
「わぁ、ほんとにおっきくなってる!
よかったね、フラヴィ!
これならきっと、いっぱい動けるね!」
「うん!」
エルルも特に変わった反応を見せなかった。
大人たちにも大きな変化は見られない。
それどころか、成長に心から喜んでいる。
確かにフラヴィは、その体格の小ささから悩むことも多かった。
巧く体が動かず、辛い思いをしたことも俺はしっかりと見ていた。
線の細さは相変わらずだが、今の体系なら相当動けるようにもなっているはずだし、何よりも体力が増えているのは間違いない。
だが、事はそう単純な話ではない。
……そう思えるのは、俺だけなのか?
違和感を覚えているのは俺だけなのか?
「……どしたの、トーヤ。
すごく難しい顔してるよ?」
「……あぁ、なんでもないよ」
気になることは数え切れないが、今は様子を見守るくらいしか俺にはできない。
この世界に医者はいないし、何よりもこの子たちは特殊すぎるから、専門家であるパティさんに診せたところでアドバイスをもらうことも難しいかもしれない。
今はただ、この子の言動に注意を払うことくらいしかできないだろうな。




