居心地良く思える場所
品数は少なくとも、丁寧に作り込んだ料理に笑顔の絶えない食卓。
俺が居心地良く思える場所のひとつだ。
美味しそうに口へと運んでいたエルルは、トマトで味付けされた料理をスプーンで掬いながら訊ねた。
「この"くねーでる"っていうのも美味しいけど、これってどんなお料理なの?」
「じゃがいもやパンを団子にしたものに、特性のトマトソースを絡めたものだ。
さっぱりと食べられるように香辛料は少なめにしてあるから、トマト本来の味を楽しめるように作ったよ」
酸味と塩味を抑えてあるから子供たちでも食べられるとは思うが、これも時たま摘んでいくとさっぱりと肉料理に戻れるような味付けになっている。
リージェ、レヴィア、リーゼルの大人たち3人用に赤ワインと、つまみになる肉料理を2品出した。
味や風味の想像しかできない俺からすれば、酒に関しては何もお勧めするポイントは言葉にしようがないが、どうやら喜んでくれているようだった。
出したつまみは子供たちも手を出せる場所に置いたが、やはり大人向けの味付けだとフラヴィとエルルは少し手を伸ばし辛かったみたいだな。
酸味を抑え、甘さを強調させたブドウで作ったブレンドジュースをこくこくと飲む姿に、自然と笑みがこぼれる。
出したつまみのひとつはヴルストだ。
ドイツ料理って言ったら、やっぱりこれだよな。
ソーセージとじゃがいもにカレー粉とケチャップで味付けし、刻んだパセリで香りを立たせたもので、ピリっとした辛さを感じさせるから酒のつまみにも美味しく食べてもらえるだろう。
どちらかといえば、これはカリーヴルストになるか。
カレー粉もオリジナルの配分になる。
この世界には存在しない調合だとラーラさんも言っていたし、カレーライスやパンで出した料理は世界の食卓事情を一変させてしまうかもしれないな。
折角オリジナルスパイスを作ったし、蜂蜜やりんごを使った健康法にちなんで商品化された、バーモント州を連想するカレーでも今度作ってあげようか。
味付けは甘さを感じさせる子供用と、スパイス香る大人向けの2種類作る必要はあるが、きっと喜んでもらえるはずだからな。
ふたつめのつまみは、シンプルに生ハムだ。
塩味をそれなりに効かせたもので端休めになるかもって思って買っておいたものなんだが、どっちにしても俺は酒を飲んだことがないから詳しいことは想像の範疇を超えられない。
ただ、話に聞いたことや、父が喜んでくれたつまみを出しただけなんだが、これだけ笑顔で食事を楽しく取ってもらえると作った甲斐がある。
予想していたように、リージェとレヴィアは酒が相当好きみたいだな。
フランボワーズのシャーベットを出した時から思っていたが、リーゼルも含めてえもいわれぬ芳醇な香りを大人たちは好むようだ。
これに関しては子供の俺には口が出せない。
本音を言えば美味そうに見えなくもないが、俺には酒を飲む勇気もないからな。
ここは異世界だが、護るべき一線ってものがある……なんてのは言い訳か。
自己弁護になるだろうけど、俺が酒に弱かったら周囲警戒も疎かになる。
……という、酒を飲まないための苦し紛れな言葉で落ち着こうと思う。
要するに、呑むこと自体に興味がない。
酒は料理に使って美味くするための調味料だ。
それ以上でも以下でもないとも思えるし、試しに飲むにはリスクが大きすぎるから止めておくほうがいいだろうな。
それにしても、こんな穏やかな日常が毎日訪れてくれるといいんだが。
今のような生活のほうが、町での暮らしよりも性に合っている気がする。
気の合う仲間と気ままに世界を旅して、作った料理に舌鼓を打ってもらう。
輝く星空と優しく降り注ぐ月明かりの下で眠りにつき、朝日と共に目覚める。
俺はそんな生活を、ずっと望んでいたのかもしれない。
残念ながらここでは太陽も月も、星すらも見られないが、自然に囲まれた湖の近くに居を構えてゆっくりと過ごしてもいいかもしれないと本気で思えるようになっている。
それも日本への帰還方法を見つけるまでの話になるんだけどな。
どうすれば元の世界に戻れるのかも分らない現状では、できることも少ない。
闇雲に探し歩くことも困難な問題を抱え込んでいる以上、居を構えるのも得策じゃないし、それは狙ってくれと言わんばかりの危険な行為にもなりかねない。
すべてが終わったら、なんて希望的観測しか出てこない俺の不甲斐なさが原因か。
それでも、付いて来てくれているみんなへの感謝を忘れずにいようと思う。
俺がどれだけみんなに救われているのか、なんとなくは伝わっているだろうけど、いつかは明確な言葉として伝えられたらいいな。




