適正武器
スライムは気性の激しい魔物だとは聞いていない。
だとしても、その場をたいして動かない姿には違和感を覚える。
ブランシェが強い攻撃を近距離でしても大きく移動する気配がないみたいだ。
どうやらこのスライムは相当特殊な魔物みたいだな。
他の同種とは強さや耐久力は同等でも、こちらに攻撃を仕掛けてくるような相手じゃないみたいだし、ここで倒せないようなら先に進むのはやめたほうがいいって意味なんだろうか。
アクティブに動かない魔物なら、こちらとしても都合がいい。
この階層のゲート前まで行ったら探索を終了するか。
それまでに対処法を学んで明日に備える。
そんな感じで良さそうだな。
幸い時間はまだ随分と残っている。
技術のあるフラヴィはもちろん、魔法を使えるエルルも問題なく先へ進める。
コツさえ掴めばブランシェもすぐに倒せるようになるはずだ。
「魔法やインヴァリデイトダガーならいつも通りにダメージを与えられるだろうが、だとすると今のブランシェには攻撃手段がないのも分かるか?」
「……うん……アタシには、スライム倒せない……」
「そう結論付けるのは早いよ。
詰まるところ格闘や短剣のリーチが短すぎて、攻撃が届かないだけなんだ。
なら、こいつを使ってみるのも悪い手じゃない」
インベントリから片手剣を取り出す。
レイピアもあるが、これは短剣とも随分使い勝手が違う信頼性に乏しい武器だし、ブランシェの腕力だと折れる可能性のほうが高い。
できるだけ違和感を与えない武器となれば、これが適正武器だろうな。
「刃こぼれはないし砥石で手入れもしてあるが、ごく一般的なロングソードだ。
当然、魔法効果が付与された魔導具ならダメージを簡単に通せる。
でも相手がスライムなら、これでも十分だと俺は思うよ」
「それなら攻撃が通るんだね!」
「……あー、試してみるか?」
「うん!」
ここはあえて詳細な説明をせず、片手剣を鞘から抜いてブランシェに渡す。
にやりと不敵な笑みを浮かべた子は、ものすごい速度でスライムに突っ込んだ。
風のように突き進むブランシェを視線で追いながら、俺は言葉にした。
「あー、やっぱそうなったか」
「ふむ?
何か問題なのか?」
「まぁ、見てれば分かると思うよ」
レヴィアとリージェは同時に首を傾げた。
さすがにリーゼルはその意味を理解していた。
彼女も世界をソロで歩いていた経験があるからな。
そう出遭うほど多く出現することはないと聞いているが、スライムとの遭遇時に対応できなければ危ないし、そのくらいの知識は身につけていなければ独りで世界を歩くこともできないだろう。
積年の恨みと言わんばかりの威圧を込めて剣を力任せに振り下ろすブランシェ。
残念ながら彼女の気持ちが相手に伝わるとはとても思えないが、それでも筋力を活かしただけの攻撃だろうと相当の威力を秘めていることは間違いない。
スライムに深くめり込んだ剣が、体を戻そうとする反発力に押し返される。
ばいんと情けない音が聞こえそうなほどの勢いに剣を離したブランシェ。
激しく回転し続けながら天井に向かうロングソードはそのまま突き刺さり、地面に落ちてくることはなかった。




