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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十二章 静と動
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呆れていた

 26階層の後半。

 ストーンマンを蹴散らすブランシェに、俺は呆れていた。


 確かに蹴り方を教えた。

 しかし、ある程度は苦労するはずだと思ってた。


 まさか基礎とはいえ、これほど早く体術を体得するとは予想外だった。

 それどころかコツを掴んだみたいで、掌底でも倒せるようになっていた。


「あははは!

 たっのしいぃ~!」


 嬉々とした声と、岩が吹き飛び地面を転がる音が聞こえ始めて30分。

 どうやらこの子はストーンマンを問題なく倒せるようになっていた。


 フロア終盤に差し掛かると2~3体が現れるようになったが、この階層に今のブランシェが持つ勢いを止める敵はいないようだな。


 色々と鬱憤が溜まっていたんだろう。

 足の痛みはヒールで回復させたが、その時の苛立ちは残ってたんだな。

 それも解消された今、この子を止めることは難しそうだ。



 続く27階層の動く石造のような猟犬の魔物ストーンハウンドを軽々と蹴散らし、28階層のストーンガーゴイルをもぼこぼこに吹き飛ばし続ける体力が底なしのブランシェ。


 確かに貫くような衝撃を打撃で与えられるようになると爽快感がある。

 しかし、そう簡単に体得できるような技術でもないはずなんだが……。


 中でも28階層を歩く特殊な外形の魔物はそこそこ強そうに見えたが、勢いが付いた子を止めるには至らないほどの相手だった。

 ここでも彼女の種族が持つ特性が活きているみたいだな。

 フェンリルってのは戦闘種族なんじゃないかと本気で思えてならない。


 ストーンガーゴイル。

 凶悪な顔をしたゴブリンにコウモリの羽をつけたような魔物で、広げると2メートルはあろうかという大きさになるが、自らの重さで飛ぶことはできないらしい。

 それでも1メートルは浮遊したことに驚きを隠せないが、ブランシェに蹴り落とされるか踏みつけられるかの違いで、ここの階層も問題なく倒して進み続けた。


 彼女は響かせる打撃音から、相当の重さだと予測できる。

 さすがに短剣では倒せないフラヴィは大人しく見守りながらも、憧れの瞳でブランシェを見ているようだ。


 いずれはこの子もできるようになる。

 しかし、残念ながら現状では難しい。

 本人もそれを理解しているんだろうな。

 自分も頑張りたいとは言葉にしなかった。


 現実的にそれを可能とするのは魔法による身体能力強化になる。

 だがこれを実戦で使用するには、いささか経験が足りないとしか言えない子供たちに使わせようとは思わない。

 この力は強大ではあるが、使いどころと力加減を間違えればすぐにMP切れを起こす危険性が考えられる。


 その場合は急激に失速し、隙を狙われる可能性が出てくる。

 そういった場合の対処法を学ばせてから、正確には"静"系統の下位技を覚えさせてからじゃないと、危なくて見ていられない戦いになるだろう。


 攻撃の瞬間だけ魔力を込めるなんて細かな動作を子供たちができるとは思えないし、できたとしてもMP残量を戦闘中でも把握できなければ危ない。


 やはり魔力による身体能力強化は万能じゃなさそうだな。

 使いこなせれば強力な武器になるんだが、そう単純な話でもないか。



 ゲートが視界に映った頃、ブランシェは足を止めた。

 これまでにない彼女の行動に首を傾げるフラヴィとエルル。


 周囲に敵の姿は感じられないが……。

 そう思っていると、やや上向きに視線を向けた。

 どうやら鼻を使って確認をしているように見えるが。


 ……なんだ。

 魔物の香りでもするのか?

 ブランシェは鼻がいいし、もしかしたら俺の索敵範囲を超える嗅覚をしているんだろうか。


「どうした?

 何か感じるのか?」

「えっとね、何かこう、不思議な匂いがするんだ」


 随分と抽象的な言い方だが、魔物の匂いとは違うみたいだな。


「どこから感じるか分かるか?」

「んー……あっち、かなぁ」


 正面のゲートから左側の通路を指差すブランシェ。

 何に対して気になったのかを確かめるほうがいいかもしれない。


「行ってみるか?」

「いいの?

 でも、気のせいかもしれないよ?」

「それならそれでいいと思うが、気になるなら確認したほうがいいと思うよ」


 みんなに確認を取るが、これまでにないブランシェの反応が気になっているのは俺だけじゃなかったみたいだな。


 まさかとは思うが、視認できない魔物なんて、迷宮にいないよな……。

 そんな危険性すら感じさせるが、そうではないことを祈るばかりだ。



 左通路の行き当たりは小部屋になっているようだ。

 魔物もいない空間で、おかしなところは感じられない。


 だがブランシェは、しきりに鼻を使って何かを捉えようとしていた。


「……なんだろ、この匂い……。

 あっちの壁からするよ、ごしゅじん」


 指を刺した場所は何もない壁。

 しかし、ここであるひとつの可能性が浮かび上がる。


 もしやと思いながらも壁を調べる。


 普通の壁にしか見えないが、一箇所だけ違和感を覚える場所があった。

 真横から確認すると2ミリほど盛り上がりのあるレンガサイズの壁。


 力を軽く入れてみると、1センチほど押し込めた。

 ガコンと何かがはまる音が響き、何もないはずの壁が上にせり上がった。


 そこに置かれた物に感激する子供たちだが、正直こんな場所を見つけるほうが不可能だとしか言いようがない。

 ……だからこそ、とも言えなくはないが。 


 ともあれ、小さな空間に置かれた緑色の箱に胸が高鳴る俺も、ダンジョンを楽しんでいるってことなんだろうな。

 こんな状況でもなければゆっくりと迷宮を攻略したい気持ちが強まる。


 まぁ、今だけは楽しんでも大丈夫か。

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