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理想像

　このフロアは予想した通り、敵の数が少なく設定されているようだ。

　感覚的に大きな違いはないが、ぽつんと立ち尽くす姿に哀愁すら感じた。

　腕と腰のストレッチを軽くしながら、口頭での説明をする。

　とはいえ、口で言うよりも実際に見てみなければ分からないことも多い。

　まずは実践形式で一度見せてから再度説明する形を取るか。

「それじゃ、蹴ってくるよ」

　ブランシェから発せられた期待感が肌に当たるようで、とてもやりづらい。

　だがこの子が持つ洞察力なら、すぐに吸収してしまうかもしれないな。

　戦闘に限ってのことになるので残念に思うが、それでも今後の成長を考えると様々な攻撃方法を体得しておいたほうが何かと便利だ。

　一気に駆け出して眼前で止まり、後ろ回し蹴りを放つ。

　ボディを貫くような鋭い一撃は、敵の胴体に直撃。

　地面を大きく跳ねたまま後方３メートルへ飛ばした。

　瞬時に子供たちの近くへ戻り、様子を伺う。

　転がる敵はそのまま光の粒子となって消えた。

　どうやら俺が想像していたような敵でもなかったみたいだな。

　蹴った瞬間に違和感を覚えたが、その感覚通りの魔物のようだ。

　それを伝えるよりも、まずは体術についての話から入るか。

「さっきも言ったが、身体能力強化の類を使っていないことが前提だ。

　いま見せたように体のバネ、特に腰と足首を使って踵(かかと)による一点集中打撃をすれば、俺の筋力でもあれくらいは飛ばせる。

　直撃したことで、相手の胴体から背中にかけて鋭い衝撃が突き抜ける。

　これを人体急所のひとつである水月(みぞおち)に叩き込めば、命を奪うことなく相手を無力化できる。

　当然、拳でも同じ効果を出せるが、身長差を考えると足技が適切な場合もある。

　俺はブランシェよりも筋力が低いから、今の技術を体得すれば俺よりも遥かに高い威力を出せるようになるだろうな」

　ブランシェはまだ成長期だ。

　すべてが成長しきっていない以上、俺を遥かに超える素質がある。

　これをいかに効率良く学ばせ、ある程度の技術と知識を身に付けさせれば、ブランディーヌに顔向けができるほどの強さを手に入れられる。

　それだけじゃまだ足りないが、少なくともより高みを目指すための土台は作れたことになるはずだ。

「だが、蹴ってみて分かったことがある。

　ストーンマンはミニゴーレムのような存在だと思っていたが、違ったようだ。

　あれは表面上だけ岩に護られた、言ってみれば"岩の鎧"を身につけた魔物だ。

　だからこそ貫くような衝撃を吸収しきれなくて、そのまま倒せたわけだな」

　これが意味するところはひとつだ。

　相手はただ防御力だけが高く、中身は至って普通の魔物ってことになる。

　それなら対応策は、今のブランシェでも十分にできる。

　斬撃を打撃に変えればダメージは吸収されずに倒せるだろう。

　ちょろちょろと動き回る敵だが、ハンマーはしっかり当てられるはずだ。

「――って、ところだな。

　要するに斬撃や刺突に耐性はあるが、それを貫く一撃を与えれば普通に倒せる。

　鈍器による攻撃は打撃だから、鎧じゃ威力が吸収できずにダメージが通るんだ」

「だからごしゅじんの蹴りでストーンマンが倒せたってことなんだね」

「そうだ。

　ブランシェは蹴り上げるように攻撃したから、威力が上手く伝わらなかった。

　なら、蹴り方を変えるだけでそれは改善されるはずだよ。

　この方法ならブランシェでも倒せるようになるが、ハンマーでも十分倒せる。

　打撃が効かない敵以外は戦槌で叩き潰せるんだが、これには別の問題がある」

「素早い敵には当たらない。

　当たらなければ負けちゃう」

　この間の模擬戦は相当堪えたみたいだな。

　ある意味ではブランシェがいちばん鍛え甲斐がある。

　まるでスポンジのように技術を吸収してくれるし、戦闘に関しての集中力も群を抜いてるからな。

「……そうか。

　ダガーと格闘を使えばいいんだ」

「正解だ。

　それなら様々な敵に対応ができる。

　斬撃や刺突が効かない敵には打撃で、打撃が効かない敵には短剣で倒せばいい。

　凄まじい速度で相手を翻弄し、鋭いダガーと格闘術で隙のない戦い方をする。

　言葉でたとえるなら、"疾風迅雷"。

　これがブランシェの理想像とも言えるスタイルのひとつだと俺は思っている」

「……理想像」

　これでもかってくらい瞳がきらっきらしてるな。

　疾風迅雷の意味も分からないだろうから、あとで教えるか。

　今はまだ余計な説明は省いたほうが良さそうだからな。

　だがここまで自身を高めるには、相当の努力と研鑽が必要になる。

　そう簡単に辿り着けないからこその理想像なんだが、これを告げることで本人のモチベーションを極端に上げられる。

　特にこの子にとっては、それが何よりの励みになる。

　当然、ロクに修練をしてない子へ教えれば逆効果だ。

　しかし、子供たちに限ってそれはありえない。

　ここまでの旅でどれだけ頑張ってきたのかを、俺たちは知っている。

　だからこそ話した。

　今はタイミング的にもそれほど悪くない。

　いずれはダンジョンで遭遇するだろう、ダメージが与えにくい相手と敵対した時に伝えようと思っていたことだ。

　どこか俺たちのやり取りを寂しげに見つめるフラヴィとエルル。

　だが、この子たちにはこの子たちの目指すべき場所がある。

　それはブランシェと同じ道ではない。

　フラヴィは同じ道も選べるが、俺はそれを選んで欲しくないと思えた。

　そしてエルルもまた、彼女にしか進めない道が確かにある。

　それをしっかりと話すべきだろうな。