教育の賜物
冒険者と遭遇することなく12階層へやってきた。
分かれ道は3つあったが、どれも小部屋のみでこの階層を踏破した形になる。
詰まるところ同じ階層でも違う場所に飛ばされている、ということなんだろう。
この国だけじゃなく、他国からやってくる冒険者を入れるとなれば間違いなく混雑することになるから、それも当然なのかもしれないが。
人の少ない場所へ優先的に飛ばす仕様とか、そういったものの可能性もあるな。
何百どころか何千もの11階層が用意されているんだろうか。
ともあれ、何事もなく先に進み続け、子供たちだけの戦闘で随分と攻略できた。
これまで出遭った魔物は一般的なゴブリンのみになるが、階層を進むにつれ徐々に難易度が上がっているようにも思えた。
ぼろぼろではあるが刃物を持ち始め、斧や槍、盾持ちが現れた14階層終盤、陣形と思われる配置が目立ってきた。
さすがに魔法を使ってくるようなゴブリンはいなかったが、それでも対人を連想する模擬戦に似た経験を子供たちに積ませることができたのは重畳か。
それでもエルルが冷静に指示を出し、落ち着いた行動ができる3人の危なげない安定したその戦いぶりは、見守る俺たちを安心させた。
特にゴブリンが刃物を持ち始めてからは集中力が極端に増し、かといって力むことなく冷静に捌き続ける子供たちの姿がそこにはあった。
6~14階層に出現した魔物の種類を考慮すれば、15~19階層も問題なく進めると確信した俺の耳に、子供たちの勝利を知らせる喜びの声が届いた。
「ふむ、問題なさそうだな」
「とっても頼もしいですね、みなさんは」
「あの強さなら、本物のヒュージゴブリンだろうと負けないな」
「これもトーヤさんの教育の賜物ですね。
修練ができそうな場所まで進んだら、私も鍛えていただけますか?」
「それは構わないが、リーゼルは下地が十分に作られてるから、あとは粗を削って最短距離を目指すくらいだと思うぞ」
「それでも十分すぎるほど助かります。
ひとりでは限界ですし、強化魔法の修練も続けたいところではありますが、これ以上鍛えるのも私だけでは難しそうですから」
MPによる身体能力強化魔法か。
同時進行で魔力感知の修練になるから使い続けて歩いてるが、解明とはいかないまでもようやく本質を理解してきたところだ。
今の口ぶりからすると、リーゼルはまだ気が付いていないみたいだな。
戻ってきた3人からそれぞれ魔晶石を受け取り、インベントリに入れる。
「ねね、リーゼル姉。
強化魔法って魔力の維持が凄く難しいんだけど、どうやったらリーゼル姉みたいに速く動けるの?」
「そうですね。
そもそもこの技術は師から基礎だけを学んだもので、後は私なりに使い続けた結果になるんです」
独学だけで到達した力なのか。
いや、筋力の少ない女性だからこそ必要とする技術だと気付けば、一切の妥協をすることなく研鑽を続けるだろう。
どうやら彼女が師事した人物は相当の切れ者だったことは間違いないな。
リーゼルの性格を知ってるからこそ、必要以上の知識を教えなかったんだ。
「……え、それって、つまり……」
「はい、独学になります。
感覚的なものですし、言葉で説明することは難しいんです。
何よりもそれが正解なのかも私には判断がつきませんので、かえって時間をかけてしまうこともあると思います」
「そっかぁ……自分で何とかしないといけないのかぁ……」
両腕と頭をうなだれるエルルは、ふたりと先を目指して足を進めた。
彼女たちの背中を追いつつ、俺は先ほどのことを考えていた。
この技術を彼女に教えた師の意図はひとつだ。
正しい修練法で学べば、短期間で体得してしまう技術になるからだ。
それもありえないほど爆発的な速度で強大な力を手にしてしまう可能性がある。
だからこそ彼女の師は、リーゼルがしっかりと下地を作ってから気づかせるようにと基礎しか教えなかった。
恐らくは再会した際にすべてを話すつもりで黙っているんだろう。
これは俺が似たような力を学んでいるから分かることだな。
現に体得した後、自らそれを知ることになる"その先"が、俺には分かる。
努力した先にある、向こう側の世界を知る俺だからこそ。
「何かを理解したみたいだな」
「……時々俺は、考えていることが顔に出てるんだろうな……」
「勘だ。
さすがに心は読めぬし、そう思っただけだ」
「……そうか」
思えば父さんにもまったく通じてなかった。
きっと俺に隠し事は難しいんだろうな。
……まぁいい。
この辺りじゃ修練にもならないし、まずはリーゼルたちの強化から入るか。




