さらに磨きがかかった
5階層を抜け6階層まで来ると、魔物にも変化があった。
出続けていたゴブリンはいなくなり、今度はホーンラビットが3匹いるようだ。
若干、次に遭遇する魔物の距離が近くなっているようにも感じるが、そんな強さでは子供たちを止めることはできないどころか、むしろゴブリンよりも強さが落ちているようにも思えた。
魔物とはいえ、所詮は角の生えた凶暴なウサギ程度だ。
どちらかといえばゴブリンよりも攻撃が狙いやすいフラヴィからすると、地を蹴るホーンラビットのほうが戦いやすいみたいだな。
しかし、さすが練習用の階層といったところか。
まるで覇気のない腑抜けウサギと対峙して、負ける冒険者がいるとも思えない。
こんなのに勝てないやつが迷宮に来るとも思えないが、もしかしなくてもここは成人になっていない子供向けのダンジョンなんじゃないだろうかと頭を過ぎってしまうほどの難易度に思えた。
まぁ、始まったばかりだし、本格的な難易度になるのは11階層からだろう。
こんな上層で強い魔物と遭遇したりもしないはずだが、注意しつつ先を急ぐか。
どうやら階層ごとに魔物が変わるようだな。
7階層はブランシェが初めて倒した鶏の魔物、ヘビィルースターだ。
体長50センチから80センチくらいで重量を感じさせる雄鶏の魔物なんだが、こちらを視認しても注意力が散漫に見えた。
やはり上層の魔物は、そのどれもが倒しやすくなっているみたいだな。
この魔物も今となっては懐かしいが、あの時のブランシェとはまったく違う。
突貫することなく冷静に短剣を通し、3匹の鳥を一瞬で蹴散らして毅然と立つ彼女の姿は、熟練した冒険者にも見劣りしなかった。
「懐かしいな」
思わず言葉がもれる。
あの場で注意したことも、ブランシェはしっかりと憶えていてくれたようだ。
「もう闇雲に突っ込んだりしないよ、ごしゅじん!
アタシは鶏肉なんかに負けたりしないんだ!」
こちらを見ながら、ぐっと胸の前に右こぶしを握り込むブランシェ。
頼もしいのか突っ込むべきなのか、判断しかねる言葉だった。
だが意識は戦闘に集中してるようだし、水を差すこともないか。
珍しくドロップした鶏肉に、ほんの少しだけ口元からよだれが溢れているようにも見えるが、気付かなかったことにしておこうと思う。
小石のような魔晶石2つと鶏肉をインベントリに入れ、俺たちは先を進む。
8階層には、シカの魔物であるディアが溢れていた。
とはいっても、これまで遭遇してきたやつとは様子が違うように思えた。
やつれたような、どことなく倦怠感があるような……。
そんなしょぼくれたディアだった。
「弱そうでもディアはディア。
鋭い角による攻撃と後ろ蹴りには注意が必要だ。
冷静に攻撃を見極めて、確実に当てることが大切だよ」
「うんっ」
「任せて、ごしゅじん!」
「あたしも頑張るよ!」
頼もしくも微笑ましい子供たちに任せ、俺たちは冷静に戦況を見極める。
いくら上層とはいってもディアの攻撃は威力が高く、直撃すれば怪我をする。
危険な状況になる瞬間に飛び出して助けられるように心がけた。
「ふむ。
ディア3頭が同時ともなると、中々攻撃範囲が広いな」
「そうですね。
フラヴィさんとの身長差を考えると厄介な範囲ではありますが……」
「はい。
あの速度で動けるなら、まず問題なく攻撃を通せるでしょうね。
驚くべきは足腰の強さだけではなく、しっかりとした体幹ですね。
身体能力の高さで強引な行動を取ることが多いブランシェちゃんとは違い、フラヴィちゃんはとてもバランスが良く、何よりも安定感が素晴らしいです」
「エルルもふたりと魔物との距離が離れた隙に、魔法での攻撃が当てられるようになってる。
地中から飛び出すように魔法壁を出し、攻撃と防御を同時に実現してるのか。
混戦状態で使えば、ある程度は敵の行動も阻害することができそうだな。
一般的な魔術師にはどちらかしかできないはずのものを、攻防どちらにも対応ができるように魔法を使いこなすだなんて、エルルは本当に器用な子だ。
それに、3人の息がぴったりと合っていることにも驚きだ。
"阿吽の呼吸"とはよく言ったもんだが、それ以上にも思える連携だな。
これは3人セットで戦わせ続けたことが大きく影響しているのは間違いない」
前衛のブランシェ、中衛のフラヴィ、後衛のエルル。
前に出すぎず後衛からも離れすぎない、とてもいい距離間を保ってる。
これまで何度となく魔物と戦わせてきたが、迷宮に来てさらに磨きがかかった。
今の3人なら安全に先の階層まで進めると確信した。
破竹の勢いで進み続ける3人は留まることを知らず、9階層に出現したぼんやりと呆けているようなボア程度では、子供たちの足止めにすらならなかった。
そして、ボス部屋となる10階層へ続くゲートに入る。
この先に何が待ち受けようとも、今の子供たちと互角に戦えるような魔物が上層にいるとは思えない。
3人の成長に嬉しく思いながら、階層守護者が待ち構える部屋の扉に視線を向けた。




