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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十二章 静と動
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希少価値の高いもの

 思うところはあるし、何か別の道をとも未だに考えてしまうが、それでも先へ進まなければならない。

 話し合うべきことはとても多いのだから、ここで時間を使うわけにはいかない。


《貴族との交渉に同席する者はこちらで手配させてもらったよ。

 そろそろ入室してもいい頃合だと思うけれど、もう少しかかりそうかい?》


「支度が遅れているようですね。

 今、呼んで参ります」


 彼女が席を立つ前にヴィクトル氏は呼び止めた。


《構わないよ。

 まだ話すべきこともあるし、そのうち来るだろう。

 さてヴァイス殿、我々ギルドの基本スタンスは"待ちの姿勢"になる。

 それは先ほど話した通りだが、暇を稼ぐ必要があって今すぐにでも行動を、というわけにはいかないんだ。

 その間にヴァイス殿の準備を整えることができるし、こちらとしても好都合だ》


 南方のパルヴィア公国は大陸の端。

 手紙の往復ですら時間はかかるが、目の前に置かれた宝石がそれを解決する。

 しかし同時にそれは、問題事にすらなっていると俺には思えてならない。


「使者が連絡用の魔導具を所持しているのは想像に難くないのですが、敵が所有している可能性も十分に考えられるのでは?」


《いや、ヴァイス殿。

 この魔導具は非常に希少価値の高いもので、所有者と総数が限られているんだ。

 迷宮の深部にいるボスが落とすと言われてるが、倒すのは容易ではなくてね。

 大規模に冒険者を編成して戦わなければならないこともあって、そう簡単には入手できないんだ。

 だから敵が所有している可能性はないと言い切れる。

 そもそも連絡用魔導具は、友好国の首脳や大都市のギルドマスターにしか渡せないほど数が少なく、初期登録をしたふたつの魔導具にしか声を送ることのできない制限がつくものとなっている。

 それも一度登録してしまったものは解除できないから、たとえひとつ盗まれたところで自由に使うことはできないアイテムなんだ》


 なるほど。

 入手難度も高い上に、使用制限があるなら管理もしやすいか。

 恐らく物理攻撃が効かないようなボスが持つ、レアドロップ品ってことだな。


 魔法師団を組んでの迷宮攻略ともなれば、かなりの時間がかかる。

 連携を取らせるには経験が必要だし、ダンジョンの奥に行くのにも危険が伴う。

 あらゆる面で厄介な相手となっているみたいだな。


 どちらにも手段が取れる俺たちなら倒せるかもしれないが、今は余裕がない。

 あると便利なアイテムではあるが、個人で持つには少々難しいか。

 まぁスマホなんてのは、みんなが持ってこそ意味があるものなんだろうな。


 そんな考えも、どうやら彼にはお見通しのようだ。

 いったいどれだけ俺のことが伝わっているんだろうか……。


《もしヴァイス殿が手に入れたら、ギルドが高額で買取をするよ。

 迷宮都市の一等地に豪邸を2軒購入できるだけの金額を渡せると思う》


 いや、1軒でも十分だし、購入予定はまったくないんだが……。

 拠点として使うなら、迷宮近くにある部屋を月単位で借りたほうが安上がりか。


 ……なんて、冗談を本気に捉えることもないか。


 そんなことを考えていると、扉をノックする音が耳に届いた。

 どうやら交渉のテーブルに同席する人物がやってきたようだな。


「準備が整ったようです。

 お入りなさい」


 かちゃりと静かに扉を開け、入室するふたりのギルド職員。

 ひとりはプラチナの糸を連想する色の髪を、背中まで真っ直ぐ伸ばした女性だ。

 背筋を伸ばして凛と立つその姿は、どことなく漂う気品から修道女のような波長を感じさせる人で、とても柔らかな慈愛に満ちた笑顔を見せる大人の女性だった。


 一応、戦えるだけの強さを持つみたいだが、荒事よりも荒れそうな交渉に仲裁を目的とした立場で同席するんだろうな。

 どう見ても冒険者ではなく、物静かなご令嬢にしか見えなかった。


 そういった点も相手を刺激させないための手段として意味があるんだろうけど、かえって失礼な視線を向けられるんじゃないかと思える美人なんだが、ヴィクトル氏が信頼を置くふたりなら心配はいらないか。


「失礼いたします」

「準備に時間がかかり、申し訳ありません」


 謝罪をするもう一人の女性職員。

 濃い目の茶色い髪を肩口で纏め、瞳を閉じて軽く頭を下げた。


 こちらの女性も職員にしか見えないが、その強さは隠しきれるものじゃない。

 間違いなくリーゼル並みの経験と実績があるのは確実な冒険者だな。

 何よりもその完璧な仕草(・・・・・)に、馬鹿な貴族程度は騙せるだろう。


「バルヒェットでは迷惑をかけた。

 苛立ってたこともあって、少し強めに挑発したのをこの場で謝罪する」

「なはは!

 やっぱ、トーヤっちは騙せなかったっすね!」


 しとやかさを一気に崩し、とても楽しそうに笑う女性の姿がそこにはあった。

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