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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十二章 静と動
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最初で最後の好機

 敵を確実に捕縛し、情報を入手するのは絶対条件だ。

 少なくともバウムガルテンに存在するだろう拠点を潰さなければならない。


 そうでなければ、必ず近いうちに報復されるだろう。

 俺を含めた大人たちだけではなく、子供たちにも。


 そしてそれは、確実に弱い者を狙ってくるのは間違いない。


 フラヴィもブランシェもエルルも。

 並みの冒険者であれば返り討ちにできるほどの強さはある。

 しかし、相手が明確な殺意を向けてくる暗殺者ともなればまったく別の話になるし、何よりもその見た目から弱者と判断されて襲われるのは目に見えている。


 もしそうなった場合、どうなるかは分からない。

 子供たちを護るために、俺は敵の命を奪ってしまうかもしれない。


 怒りに震えたことは、この世界に来てから何度か覚えがある。

 思えば中学の時にも一度だけあった。

 さすがに命を奪おうとは思いもしなかったが。


 何よりも赦せないのは、家族に危害が及ぶことだ。


 自覚はある。

 だが、それをどうこうできないほど強い感情が湧いてくる。

 確かに俺は未熟者だが、そんなことは言い訳にできない。

 生きたまま捕らえるためには、感情を押さえ込めなければ最悪の結果に繋がる。

 冷静に対処ができるかどうかは唯一心配に思えるところだな。


 恐らく俺の気持ちも彼には隠せていないだろうな。

 そうだと分かってはいても、ヴィクトル氏は俺を信じてくれた。


《ヴァイス殿にお任せするよ。

 何か必要なものがあればテレーゼに言ってほしい。

 さて、交渉に備えての話をする前に、ひとつ伝えておくことがあるよ。

 ……いや、これはもうヴァイス殿も想定の範囲だろうね》


「……男がバルリングから奴隷を連れ歩いている件、ですか?」


 これに関しては、話を聞いてからずっと対処法を模索していたことだ。

 もしかしたら"奴隷"という単語を聞いた瞬間から、その可能性を薄々とは感じていたのかもしれないが。


《そうだよ。

 現時点でその姿が確認されなくとも、町に連れ歩くことをしていないだけの可能性も高いだろうし、いらぬ問題を起こすのは向こうも望んでいないはずだ。

 恐らくは、ひとりで行動することを"命令"されているんだろうね。

 つまりはそれほどの強さを持つ奴隷をけしかける可能性が高いということだ》


 ひとりで旅をできる強さの奴隷。

 命令を強制させ、従わなければ命を消される存在。


 服従か、それとも死か。

 たったふたつしか選べない道具扱いをされた人間。


 しかし、ヴィクトル氏の懸念はそこではなかったようだ。


《この件に関しては、ギルドが直接関わるべきだと私は判断している。

 むしろヴァイス殿には不向きな相手としか思えないんだ》


 不向きな相手……。

 確かにその通りだな。

 ここまでの会話で俺の性格を見透かされた気がするが、否定はできない事実だ。

 だから彼の続く言葉は、俺自身がいちばん理解しているつもりのものだった。


《ヴァイス殿、あなたは優しすぎる。

 家族のため、仲間のため、口に出してはいないがギルドのためも含め、あなたの言動はすべて"誰がため"に心を強く動かされているのが、こうして声のみで対談しているだけでもはっきりと伝わっていた。

 そんなあなたが奴隷を目の前にすれば、是が非でも救おうと努力するだろう。

 それが迷いや隙を与えることがあるのは、あなた自身が理解しているね?》


 諭すような彼の優しい言葉に、俺は何も答えられなかった。

 そして俺はその瞬間を目にすれば、確実に救おうとするだろう。

 失敗は許されない状況だったとしても、手を差し伸べてしまうだろう。


 続く彼の言葉は声色こそ変わっていなかったが、重みを確かに感じさせた。


《あえて非情なことを言わせてもらうよ。

 奴隷を切り捨てる覚悟を持たないのであれば、我々に任せてほしい。

 命の重さに差などない。

 比べられないほど尊いものであることも確かだ。

 しかし今回に限って言えば、非情を貫く必要があるだろう。

 失敗すれば、少なくともパルヴィアに住まう二千万もの民が苦しむ。

 他国だからといって我々はそれを傍観することなどできない。

 ここは世界で唯一の"自由都市同盟"。

 その理念から、迫害や差別を断固として認めることはない。

 故に、マルティカイネン家の横暴を座して待つつもりも毛頭ない。

 これは最初で最後の好機だと覚悟を決めている》


 だからこそ、首都のギルドマスターが全員同席している。

 必要とあらばギルドを動かせる立場の者がこの場にいるんだ。


 そしてヴィクトル氏は正しい。

 "ひとりの命と"、なんて言葉にしてはいけないが、それでも決断をしなければならない局面になりかねないと彼らは危惧している。

 それが逆転の一手ともなりうる危険な悪手だと、彼らは知っているんだ。


 俺にできることなんて高が知れている。

 むしろ、暗殺者に集中しなければならないし、目の前にいる家族を護ることに意識を向けるべきだ。


 俺は神ではない。

 すべてを救おうとすることは傲慢でしかない。


 ……それでも。

 違った未来を手繰り寄せようとしている自分が未だにいる。

 もしかしたら何とかなるんじゃないかと模索しようとする自分が。

 それがどれだけ危険なことなのか理解しながらも、答えを出せずに。


 短い時間の中、散々悩んで出した言葉は、どうしようもなく情けなくて呆れ果ててしまうものだった。


「……分かりました」


《ありがとう、ヴァイス殿。

 心優しいあなたに、謝罪と感謝を》


 どこか安心したようにも取れる声色が、宝石から届いた。

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