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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十二章 静と動
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統括者

 こんこんと静かに扉を叩く女性職員。

 これまで体験してきたものと同じような光景だが、どうにも緊張感が走る。

 そう思えるのは、ここが世界最大級の都市だからなのかもしれない。


「お入りなさい」

「失礼します」


 中から聞こえたのは女性の声。


 入室すると、高齢の女性はこちらに視線を向けた。

 眼鏡の先から伺える強い視線から、かつては凄腕の冒険者だったと想像がつく。

 それも現在のほっそりとした体型からは考えられないほどの覇気を感じさせた。


 間違いなく彼女は近接職。

 それもクレバーに戦況を見極めて指示を出すリーダーだな。

 そういった戦士特有の勇ましい気配を纏っていた。


「お客人には失礼ですが、しばらくお待ちください。

 ゼルマ、みなさんにお茶をお出しして頂戴」

「マスター、こちらを」


 そう言葉にして彼女に近づき、封筒を手渡した。

 これまで訪れてきた町の冒険者ギルドや商業ギルドを預かる者たちがそれぞれの現状を書き記し、その町のギルドとしての対応についての詳細もしたためたもので、かなり分厚くなっていた。


 しかし、事はもう随分と変化している。

 実際に書かれた内容が有益な情報にはなりえないだろうし、これは俺が関係者である証拠くらいにしか効果を見せないかもしれないな。


 じっくりと目を通したギルドマスターは静かに手紙を置き、引き出しから宝石のようなものを取り出した。


 5センチくらいの大きさで深い青色の宝石、だろうか。

 荒削りの原石のようにも見えるそれは、恐らく魔導具だな。

 中心部に青白い光が渦巻いているのも何か意味があるのかもしれない。


 そのまま彼女はこちらに向かい、俺たちの対面に腰をかける。

 ことんとテーブルへ宝石を置くと同時に、女性職員はお茶を置いた。


 今回は大切な話をしなければならないので、フラヴィは俺の隣に座ってくれた。

 なんだか幼い子に気を使わせてしまって申し訳ない気持ちになるが、今はこの子の心遣いに甘えようと思う。


「それでは失礼いたします」

「ありがとう、ゼルマ」


 案内をしてくれた女性は、ギルドマスターと俺たちにお辞儀をして退室した。

 置かれたカップを手に取り、お茶を口にした女性の仕草に違和感を覚える。


 ……そうか。

 先ほどの女性が離れるのを待っているんだな。

 彼女はギルドの職員とはいえ、一般女性だ。

 厄介事が降りかからないように配慮したのか。


 女性のほうも、こちらに足音が聞こえるように階段を降りているみたいだ。

 不思議なやり取りに思えるが、こうすることで離れたと伝えているんだな。

 耳に届かなくなるほど音が小さくなると、眼前の女性は自己紹介を始めた。


「私はバウムガルテン冒険者ギルドマスターのテレーゼ。

 早速ですが、このまま少々お時間をいただきます」


 続けて彼女は宝石に魔力を込め、それは淡く青白い輝きを放った。


「テレーゼです。

 滞りありません」


 宝石に向かって語りかけるように言葉を放つ。

 つまりはそういったことに使うアイテムか。


 わずかに間を挟み、宝石から声が響いた。

 気になるほどのタイムラグはなさそうだな。


《どうやら、ほぼ予定通りに着いたようだね》


「はい」


 耳に届く声に聞き覚えはないが、相手が誰かの予想はつく。

 気になるのは、聞こえた男性の声色がとても若いことか。

 俺にはどう聞いても20代前半にしか思えなかった。


 そんな若さで就けるような肩書きだとは、考えられないんだが……。


 どうやら俺の考えはお見通しのようだ。

 いや、この感じは普段からそう思われているんだろうな。


《はじめまして。

 私はヴィクトル・サッヴァ・レドネフ。

 各国の冒険者ギルドを統括する立場にいる者だ。

 仰々しい名前に聞こえるけれど貴族ではないし、声色も幼く思えるかもしれないが、これでも年配者なんだよ》


 とても静かに彼は言葉にした。

 その声色に、深い経験を感じさせた。


 優しく思慮深く、何よりも耳当たりの良い彼の発言は、世界中にあるすべての冒険者ギルドを統括する者であることを確信させ、信用するなどという言葉ですら失礼に値すると強く感じた。

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