彼女にこそ相応しい
がたごとと音を立てながら街道を進んで2時間、といったところだろうか。
用意してもらった馬車は一般的な荷馬車で、幌もついていない簡易的なものだ。
こういったシンプルな馬車の方がある意味では普通の旅人を装えるらしい。
幌馬車は中堅クラスの商人が持っているか、乗合馬車になるそうだ。
それでも十分便利だと思える俺たちは、快適な旅を満喫していた。
何せ自分で歩かずに移動してくれるからな。
こんなに楽なものはないとすら思えてしまう。
もっとも、時折下から突き上げるような衝撃も中々痛かったりするが。
乗っている者たちの服装もかなり特殊と言える。
俺でさえ黒を基調とした厚手の衣服になるからな。
魔導具だと判断されなければ、一般人として周囲からは見えるだろうな。
ブランシェとフラヴィは短剣を持っているが、それだけで冒険者や戦える者だとは判断されないような風体だから、ローブ姿のレヴィアとリージェに御者のリーゼルを含めても、ここにはまともに戦えるような人物はいない者たちのみが集まっていると、野盗のような連中からは思われてしまうだろう。
一般人に軽々しく襲い掛かる暗殺者がいるとは思えない。
ああいった連中は目標を定めなければ動けないはずだ。
もちろん断定することは非常に危険だが、それでも情報が伝わっていない今なら街道を歩くような目立つ真似をしなければ安全だろう。
周囲の警戒を続けつつも、俺は御者台でリーゼルと話を大切な話をしていた。
彼女が示してくれた信頼に応え、俺自身も同じように思ってもらうために。
「……と、トーヤさん……」
さすがのリーゼルも、相当困惑しながら言葉にした。
確かに俺が"空人"であることは、大富豪の娘だとゴロツキに判断されるような場合とは明らかに違う。
世界の均衡を揺るがしかねない力を持つ存在である"空人"は、これまで多くの人格者が注意をしたように言葉に出すことすら慎重になるべきなのは間違いない。
しかし、今回に限っては違った意味を含めて彼女に伝えてある。
リーゼルは俺を聡明で慧眼だと言ったが、それは彼女にこそ相応しい。
言葉を飲み込む彼女が冷静さを取り戻したのは、わずかともいえるほどの短い時間が経過してからになるが、俺の正体とも言い換えられる単語を口にしただけで随分と信頼してもらえたように思えた。
「トーヤさん……。
……ありがとうございます……」
そう彼女は小さく声を出し、とても優しく微笑んだ。
それは初めて挨拶をした時の彼女とはまったくの別人と思えるほど美しい笑顔で、こちらが本当のリーゼル、いや、"リゼット"なのだろう。
それからは話に花が咲き、彼女は作り笑いをすることが一切なくなった。
ここにいるみんなはある意味似た者同士だし、とても居心地が良くも思える。
元いた世界に大切な人がいることも先に伝えた。
そして俺は帰還する方法を探していることも。
言い寄るような連中のひとりと思われても嫌だからな。
こういったことは早めに話しておいた方がいい。
不思議とリーゼルは寂しそうな瞳をしていたように見えたが、どうにも俺は自惚れや自分に都合のいい勘違いをしやすい傾向があるみたいだ。




