俺たちの日常
ランベール商会。
セルジュ・ランベールが一代でのし上がり、隣国では常にトップ5へ入る大商会と言われる。
主に他国の貴族を相手に質のいい商品を適正価格で売り、そのコネクションを最大限に活用しながら商国の反映にも大きく関わりを持つ本物の商人だと学んだ。
妻リーズは会計と秘書を預かり、影で商会を支えるほどの卓越した手腕を持つ。
その実子ともなれば相応の辣腕だろうと周辺国でも噂されるそうだが、まさか実際にこうして対面することになるとは、必要のない知識と思えた当時には考えもしなかったことだ。
しかし、それは同時に違った意味を持つ。
大商人のご息女が、なぜこんな場所で冒険者なんて危険な職に就いてるのか。
それもランクSほどの実力を持ち、護衛だけでなく今回の厄介事に関わるのか。
……恐らく理由は限られるだろうな。
どうやら思考を読まれたらしい。
どこか憧れにも思えるような好意的な視線を向けつつ、彼女は答えた。
「ご想像の通りです。
祖父母の代のランベール家はごく一般的な町の商店で、それを巨大資本にまで急成長させたのは両親の手腕によるもの。
家庭の事情で私はそれなりの教養を身につける必要がありましたが、あくまでもランベール商会は自分たちが背負うべきものという両親の教えの元に育ちました。
同時に自分の好きなことをしなさいと背中を押してもらえ、自由の国へやってきた次第です」
「なるほど。
それで自由の代名詞とも言うべき冒険者の道を選んだのか」
「はい。
ですが私の出自はかなり特殊で言い寄る男性が非常に多く、偽名を使いながらも基本的に単独での活動か、ギルド依頼のみを達成して生計を立てていました」
それはそうかもしれない。
ランベール商会のご息女ともなれば、逆玉なんて下種な考えを持つ恥さらしも出てくるだろうし、何よりもこの見た目では仕方ないとも言える。
端麗な容姿からは想像もつかないほどの苦労を、彼女は背負っているようだな。
それにもうひとつ、気になることがある。
これについては訊ねていいのか悩みどころではあるが、目の前の女性から発せられた覇気は間違いなく異質と言えるほどの強さを滲み出していた。
しかし、これについてはまだこの場で訊ねるわけにもいかないか。
「それで、いつ出発できる?」
「いつでも町を出られます。
可能であればできるだけ早く出立し、バウムガルテン冒険者ギルドで詳細を聞いた方がよろしいかもしれませんね」
「さて、どうする?」
恐らくはこう答えるだろうなと思いながらも、みんなに視線を向ける。
どうやらこれも愚問だったようで、気合の入った言葉が返ってきた。
「行こう、トーヤ。
迷宮都市でお話聞いて、対策を練るんだよね?」
「ふらびいも、えるるおねえちゃんにさんせい。
ばしゃならゆっくりできそうだね」
「アタシは歩いて行きたいところだけど、我慢する。
それに迷宮っていっぱい魔物がいるんでしょ?
もっともっと強くなりたいし、早く行ってみたい!」
この間の模擬戦からブランシェは随分と短剣を気に入ってくれたようだが、それでもハンマーは捨てきれないみたいだな。
初手が遅れる可能性があるから早急に対処しなければならないが、対峙した相手によって変えればいいだけだし、その訓練も始めている。
この子ならすぐに手にできるだろうし、問題はないだろうな。
気合の入ったエルルとまったりのフラヴィは、それほど疲労感もなさそうだ。
馬車なら寝ながら移動ができるから、今回はゆっくりとした旅ができるな。
「ふむ、迷宮都市か。
中々興味の尽きない場所に思えるな」
「都市と言われるだけあって、人も多いのですよね?
トーヤさんのお知り合いにもお会いしたいですし、私もみなさんが元気だと仰るのであれば出立に賛成です」
「決まりだな」
その光景を不思議そうに見つめるふたり。
特にフォルツは驚いた様子にも見えた。
「子供たちにも意見を聞いた上で、俺たちはこれまで先に進んでいます。
変わっているように思えるかもしれませんが、これが俺たちの日常なんですよ」
「そうですか」
答えたのはリーゼルだった。
嬉しそうに見つめる彼女に首を傾げてしまうが、ともかくこれで迷宮都市に向かうことは決まったし、あとは報告書を提出してクーネンフェルス冒険者ギルドマスターへ届けてもらうだけだな。




