誇らしく思うよ
「目的の剣も手にできたし、戻るとするか?」
「そうだな。
……左側から奥に行けるみたいだ。
そこから帰れると思うよ。
随分地下まできたし、たぶん螺旋階段でも造られてるんだろうな」
ここまでの冒険で、製作者が造ろうとしていた構造すら見えたように思えた。
恐らく彼ならそうするだろうなといった曖昧なものではあるが、俺ならそうすると脳裏に浮かび、その不思議な気持ちに思わず笑みがこぼれた。
「そっか。
来た道を戻らなくていいんだったね。
あ、でもでも、これまでの仕掛けはそのままでいいの?」
「時間が経つと扉が閉まるようになってたりするんじゃないか?
ルートヴィヒと彼の仲間くらいしかここまで来れなかっただろうし、刀も俺がこのまま借りるから問題ないと思うよ」
「……"借りる"、か」
「おかしいだろうか?」
「いいや、その方が主らしくて良い。
むしろ己が物とせぬことを、我は誇らしく思うよ」
レヴィアの優しい眼差しがこそばゆい。
俺は思わず視線を外してしまった。
だが、この刀は俺のものじゃない。
託されたとしても、あくまでも俺は借りるだけだ。
所有者が亡くなっているとはいえ、そこはしっかりと分けるべきだからな。
「トーヤ、そろそろ戻ろっか?」
「あぁ、少しだけ待ってくれ」
俺は黒檀の刀掛けが置かれている台座の前に正座する。
刀を前に置いて両手を膝の上に乗せ、背筋を伸ばしながら深々と頭を下げた。
「経験の浅い若輩者では御座いますが、これからも精進させて頂きます」
……本音を言えば、俺がこの刀を持つにはまだ未熟だ。
本来ならばもっと経験を積み、技術をより高めてから持つべきものであることは間違いない。
凄まじい武器が手に入って素直に喜べるような性格なら楽な気持ちで持って帰れるんだが、そんな程度の低いことはできないし、できるわけもない。
もしそんなことをすれば、"無明長夜"はこちらに牙を向くだろう。
"過ぎた力"は身を滅ぼす。
それは何も魔法を含む超常的な力を指す言葉ではない。
技術もロクに持たない小僧が振り回せば、扱い切れずに大変なことになる。
自分だけじゃなく、大切に想っているひとにまで危害を加えてしまうだろう。
他の誰でもない、武器を振り回した己自身が。
そしてこれは礼儀の話になる。
すでに彼はこの世におらず、世界を彷徨うようにいるわけでもない。
だからこそ大切なことだと、俺は思う。
頭を上げた俺は刀を持って立ち上がる。
瞳を閉じ、台座の先に見えた気がする"空人"へ軽く一礼してからインベントリに入れた。
"大切なこと"は、人によって様々だ。
それが他者から見ればくだらないもののように思えても、当人にはかけがえのないことだったりもする。
そのすべてを否定することは間違いだ。
人には人の、誰にも譲ることができない大切な想いがある。
しかしそれも限度があると、旅に出てから気づかされた。
彼が遺した想いは、とても大切なものに思えてならない。
たとえ彼が信じていた仲間に裏切られ、失意の想いを無念として残していたとしても、彼は全身全霊を込めた彼の半身とも言えるこの刀を"同胞に託す"と言葉を残してくれた。
……とても懐かしい、けれど、とても古い言葉で彼は残してくれた。
この"無明長夜"は凄まじい武器だが、使い方を誤ってはいけない。
それはこの場所を訪れる"空人"にすべてを託してくれた彼を裏切ることになる。
同郷の者がそんな仕打ちをすれば、彼の想いだけではなく彼の生き方そのものを否定し、魂すら穢すことにも繋がってしまうだろう。
それだけは絶対にできない。
武芸を嗜む者のひとりとして、そんな非道を絶対にしてはいけない。
そして同時にそれは、俺の父すらも裏切ることになるだろう。
様々な知識と技術を学ばせてもらい、生きる術だけじゃなく指針すら示してくれた父の想いを踏みにじることに。
これは、俺にとってもいい機会になる。
自分を見つめ直し、鍛錬に磨きをかけていけば、いずれは本当に到達できるかもしれない。
何かを掴みかけていた"奥義の最奥"に。
この世界ならば、それを可能としてしまうかもしれない。
打ち刀が手に入ったことは最良だった。
"無明長夜"と共にあれば、俺はより高みに昇れると思えた。
それには弛まぬ努力と研鑽が必要になるだろう。
でも、家族と一緒なら、異世界も悪くない。
家族のためならば、俺はもっと強くなれると確信した。
そう思わせてくれた家族を見つめ、俺は自然と表れた笑顔で答えた。
「それじゃあ、行こうか」




