意味を持ち始める
自然にできたと思われる坂は徐々に険しさを増し、下るように奥へと続いてた。
カンテラひとつの明るさでは足元がよく見えないので、予備を取り出してレヴィアに渡した。
自分も持ちたいとブランシェは駄々をこねたが、敵が来たら戦えないだろと言葉にすると、彼女は納得したように背負っていた戦闘用の槌を肩に乗せた。
彼女の気配から注意するべきかと思ったが、"アタシに任せて"と言わんばかりの自信に満ちた表情にあえて水を差すことはないと、少しだけ開けた口を戻した。
当時、"キューレ洞窟"と呼ばれたこの場所は、下へ下へと伸びるように続く天然の迷宮で、最下層にはその名の通り強い冷気を感じさせるそうだ。
これはあくまでもルートヴィヒが残したものによる情報だが、彼の記した道順通りに進まなければ最下層へそのまま下りるだけ下り、結局は何もなくて引き返すことになる。
この場所は自然の洞窟として彼の時代では有名だったらしい。
ある程度進むと大きな空間に出るが、そこから彼の情報が意味を持ち始める。
天然の洞窟ということもあり、ここにはトラップの類は置かれていない。
人が拠点にしていた痕跡もないどころか、こんな寒々しい場所で生活するような変わり者もいないだろうな。
当然これは200年も前の情報ではあるが、何百年経とうと変わらないように思えてならない。
そもそも盗賊のような連中の気持ちなんて分かるはずもないが、それでもここを拠点にするくらいなら色々と手を加えなければ住めたもんじゃないだろうな。
そんな話を周囲警戒を怠ることなくしながら開けた場所の中央まで来ると、リージェは呟くように言葉にした。
「左右に道が分かれていますね」
「ここを右に進むらしいぞ」
「そなの?
左の道に進むとどうなるの、ごしゅじん」
「いくつか分かれ道になっているが、何もないらしい。
長さはまちまちだが、結局行き止まりになってるそうだ。
徐々に道が閉じられていくような感じの場所も多いみたいだな。
とはいっても、さらに分岐する道も多々あるから適当に進まない方がいい」
魔物や盗賊の類はいないようだ。
もっとも、人の気配は感じずとも誰かが住んでいれば痕跡を残すものだから、こういった場所なら幾分か判断がしやすいとは思うが。
右へ進んで20分ほど歩いた頃、3つの分岐点に出た。
左を通り、中央、また左と進んでいると、疑問に思ったのかエルルは訊ねた。
「ねね、トーヤ。
ここって人が造った場所なのかな?」
「いや、ここ自体は天然の洞窟らしい。
ある意味では、自然に創られた迷路の方が厄介だと思うが」
「ふむ。
戻る場合が大変そうだな」
「それは問題ないと思うよ。
この先に進むと人工的に造られた場所に出るらしい。
最奥には空間を作ったやつが出るために用意した"非常口"があるみたいだ。
そこからは真っ直ぐ進むだけで出口に出られるようになってるそうだよ。
そういえばルートヴィヒは、"自然の洞窟をぶち抜いて広い空間を造ったやつがいたらしい"って、呆れたような言葉で書き記していたな」
魔物討伐を生業にする者の多くには伝わらない価値観かもしれないが、遺跡や自然をそのままの形で残そうと考えることも、この世界では少数派なんだろうか。
たとえ壁だけだったとしても、人の手が加わったことそのものが嫌悪感に近い悪感情を抱いてしまう俺にとって、そんな冒険者たちの気持ちを理解することの方が難しそうだ。
それから10分ほどがすぎた頃だろうか。
「……あれ?
行き止まりだよ、トーヤ」
「あぁ、たぶんここで合ってると思うよ」
寒々とした空気の中、ごくわずかに奥へ風が吸い込まれているのが見えた。
となると、彼の残した情報がここでも活きてくる。
壁に近づき、見上げるように視線の角度を変えると、右の壁近くに手のひらだけが入りそうな隙間を見つける。
それはマルグリットの巨岩で見つけたものと酷似していたが、実際にはルートヴィヒがこの仕掛けから発想を得て造ったと書いてあった。
正面からは見えないように隠された場所。
巧妙だなと思いつつも左手を入れて軽く探る。
そこにあった出っ張りのような石を引くと正面の壁が上がり、人ふたり分はある大きな岩のような石壁が擦れるような音を立て、埃や細かく削れた石のかけらをぱらぱらとこぼれ落とした。
よく見ると、これも正面から見えにくくなるように造られている。
俺にはどうやって造ったのかすら理解できない、高度な技術に思えた。
「おぉー!
すごーい!
ほんとにあった!」
「……ふらびい、ちょっとこわい……」
「大丈夫大丈夫。
あたしたちもついてるし、トーヤもお姉ちゃんたちも付いてるから平気平気!」
「頼られるのは悪くないな」
「えぇ、そうですね。
可愛い妹を護るためなら、私は何でもしますよ」
笑顔で言葉にするレヴィアとリージェ。
やはり年上がいてくれるだけで随分と心が落ち着く。
子供たち3人を抱えて旅をしていた頃には感じなかった安心感だ。
「それじゃ、行ってみよ!」
「おー!」
元気なエルルとブランシェとは裏腹に、少々怖がるフラヴィ。
思えばマルグリットの巨岩の時も同じように怖がっていた。
それもしっかりと伝わったのだろう。
リージェが手を繋いでくれて、随分と気持ちが楽になったようだ。
本当は俺がしてあげたいが、何がいるかも分からないからな。
いないと書いてあっただけで判断するには危険だから、俺は常に単独で動けるようにしておく必要があるだろう。




