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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十章 人ならざるもの
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ちっぽけな存在だろうと

 湖畔まで戻ってくると、再び龍の姿になったレヴィアは水の魔法と思われる力を巧みに使い、コルネリアの両親を丁寧に頭へ寝かせた。


 ふたりの体と衣服は清めたが、それでも遺恨が残る。

 どうしてこうなってしまったのか、俺たちには答えようがない。

 どんな言葉を口にしても空々しく思えてしまう。


 ハイドンから依頼を受けた時点でその可能性も薄々とは考慮したつもりだった。

 それでも、こんな結末はここにいる誰もが望んでいない。


 レヴィアもきっと同じ気持ちなんだろう。

 とても寂しそうな瞳でふたりを見つめているような気がした。


≪……では、ふたりをコルネリアの下へ案内してくる≫


「あぁ……」


 言葉に詰まる。

 こんな時、どう話せばいいんだろうか。

 人生経験の少なさからか、上手く言葉が出てこない。


「……落ち着いたら一度、湖畔に来てくれ。

 少し、話したいことがあるんだ」


≪……わかった≫


 彼女は一言、呟くように話した。

 それはどこか涙しているように思える声色に聞こえ、胸が張り裂けそうになる。


 湖を静かに進むレヴィアを見送る俺たちは3人のことを想い、黙祷を捧げた。

 その意味と作法を子供たちやリージェに教えると、見よう見まねでも胸に右手のひらをふれ、頭を少しだけ下げながら瞳を閉じてくれた。


 あくまでもこの世界の作法ではあるが、大切なのは作法ではなく想いだ。

 亡くなった方を偲ぶみんなの気持ちが俺は純粋に嬉しかった。


 それについてレヴィアが戻るまでの間、なるべく理解できるように話した。

 宗教とは本来、人を救うためにあるものだということも続けて教えた。

 今回の一件は遺憾に堪えないとしか言いようがないが、それでも何もできないよりはずっと良かったのかもしれないとも俺には思える。

 あの時、俺たちがハイドンからの依頼を受けずに先へ進むことを優先していれば、コルネリアの両親は愛娘と離れ離れになっていた。


 それが救いになるとは思わない。

 けど、それでも3人が離れたままでいることは間違いだと思えた。


 どうしようもなく、寂しい気持ちを抑えきれない。

 それでも俺たちはできることをしてあげられたんだろうか。


 そうであったらいいと思う一方で、どうしようもなかったとはいえ何か他にできることがあったんじゃないかとも思えてならない。

 俺にできることなんて高が知れてるけど、そう思わずにはいられなかった。



 レヴィアが戻ってから、俺たちはたくさん話をした。

 コルネリアのこと、両親のこと、レヴィアのこと、俺たちのこと。


 そして今後の話を始めたところで、ひとつの提案をする。

 俺たちと旅をしないか、と。


 彼女は少しの沈黙を挟み、答えた。


「……それは願ってもないことだが、いいのか?

 我は長く生きているが、ヒトの子の常識については疎いぞ?」

「常識やマナーは俺がある程度教えられる。

 正直、リージェも似たようなものだし、それについては問題にもならない。

 だがさっきも説明したように、俺たちは非常に厄介な案件を抱えている。

 それについては面倒事でしかない以上、楽しい旅にはならないかもしれない」


 実際に暗殺者がいつ襲い掛かってくるかもわからない。

 安全とはほど遠い旅になることは間違いないだろう。

 そんな俺たちと一緒に来たいと思う変わり者はいないだろうが、どうやらレヴィアの意思はすでに決まっているようだ。


「そなたたちと共に居させて欲しい。

 それに我も"人として"世界を見てみたい」


 レヴィアの言葉に姉ができたと嬉しそうに手を上げ喜ぶ子供たち。

 リージェはどちらかといえば同世代の友人ができたような感覚のようだ。


 縁ってのは、本当に不思議なものだと心から思う。

 旅をしているだけで、こんなにも同じような気持ちを持つ仲間が自然とできていくものなんだな。


 ……まぁ、彼女もまた、人とは違う種族ではあるが。

 そんなものは些細なことにしか思えてならない俺たちは、レヴィアと共に旅をできることが純粋に嬉しかった。




 "幽霊よりも生きてる人間の方が遙かに怖い"と、誰かが言った。

 本当にその通りだと思えてしまう今回の凄惨な一件は、俺たちの中でようやく落ち着きを見せ始めた。


 しかし、それぞれが抱える想いの行き場は、今もなお彷徨うように迷い続ける。

 きっとこの感情もまた、レヴィアと同じようになくなることはないんだろう。


 そうすることで奪われてしまった彼女たちの魂が救われるわけではない。

 もしかしたら今も、その想いのかけらをどこかに残しているのかもしれない。

 俺たちがもっと早く駆けつけていたとしても、残念ながら未来を変えることはできなかっただろう。


 だからこそ、やるせなく思う。

 すべての人を救おうとすることは不可能だし、できると信じることは傲慢だ。


 俺たちは神じゃない。

 全能でもなければ、死者を蘇らせる奇跡なんて誰にもできはしない。

 未来を変えることですら、ヒトの身でどうこうできるわけがない。

 無力でちっぽけで、何もできない小さな存在なのかもしれない。



 ……でも。


 そんなちっぽけな存在だろうと、できることはあると思えるんだ。

 誰かのためになんて、高尚な意思も行動力も持ち合わせてはいないけど。

 それでも俺たちにだって、できることはあると思えたんだ。


 そう思わせ、可能性を見せてくれた頼もしい仲間たちを見つめる。


 尊いと思えるものを教えてもらえた顔も知らない少女と、愛娘を救おうとした彼女の両親の冥福を心から祈りながら、俺たちは後ろを振り返らず、けれど大切な想いを背負い、夏のはじまりを感じさせる空を見上げた。

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