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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十章 人ならざるもの
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愚かな龍

 水の底で我は思いふける。

 しかし、考えることはひとつだけだ。


 あれはとても良いものだった。

 あんなひと時がこれからも続けばいいと、本心から思えた。

 ヒトの温もりとは、得がたいものだったのだな。



 今度はどこに連れて行こうか。


 これだけ広い湖だ。

 いくらでもある。


 コルネリアのはしゃぐ姿が目に見えるな。

 水面を軽く泳いだ程度であれだけ喜んだのだ。

 今度はまた違った形であの子を喜ばせてあげたい。




 *  *   




 我は思いふける。

 ありもしない未来を望み、願いながら。

 そうあって欲しいと思える夢を見続けるように。



 ……あぁ。

 我は、なんと愚かだったのだろうか。


 元凶である連中を前に感情を押し殺そうとも、抑え切れない。

 ひたすらに体の奥底から止め処なく溢れ続ける。


 ……これは……"殺意"だ……。


 あの時の腐龍へ向けた感情を彷彿とさせる。

 よもやヒトの子に、これだけ強い意思を持たされることになるとは……。




 *  *   




 む?

 あの小船は……。

 まさかコルネリアは再び贄として流されてしまったのか?


 ……まったく。

 あの子の周りには仕方のない連中がいるようだな。

 やはり幼子には難しかったか。


 ならば、あの子にはしばらく我の道楽にでも付き合ってもらうとするか。


 今度は水面などではないぞ。

 ヒトの子には決して体験できない、"水の世界"を共に過ごしてもらおう。

 目を丸くするあの子の姿を想像するだけで心が躍る。




 *  *   




 何も知らず、愚かな龍は湖面へ向かう。


 我は無知で、どうしようもなく浅はかだった。

 もう少しだけでも冷静に、思慮深く考えていれば理解できたはずなのに……。


 顔を水上に出すまでそのことにも気づかず、浮かれていた愚か者だ。



 そうしてようやく思い知る。

 自身が何をしてしまったのかを。


 その光景を見なければ思い至らなかったことに、我ながら呆れ果てる。

 それを目の当たりにしても現実として受け入れられず、固まり続けた己のなんと愚かなことか。


 ……我はありえない未来を信じ、起こりえない奇跡を願っていた。


 その結果を受け入れられず、ただただ空に向かって声をあげることしかできない空虚な痴れ者を、まるで嘲笑うかのように美しい月が優しく世界を照らす。

 輝く星の下に出るなど、何百年ぶりかも分からない。


 ……だのに、なんだこれは……。

 なんなのだ、この感情は……。


 これがあの子の望んだものへの答えだとでも言うのか!!!




 *  *   




 レヴィアの咆哮は天を衝き、空すらをも貫かんばかりの鋭さがあった。

 その感情をはっきりと認識できてしまう俺たちには、その光景をただただ見守り続けることしかできない。


 怒り、悲しみ、自分への苛立ち、相手への殺意、失ってしまった子への謝意。

 どれもが俺たちにはどうしようもなく、しかし彼女のせいだとは思っていない。


 だがそれもすべて、俺たちの考えにすぎない。

 レヴィアは今、これ以上ないほどに深く悲しんでいる。

 空を鋭く切り裂かんばかりの咆哮に、様々な感情を込めて。



 ……レヴィア。

 気がついていないだろ。


 レヴィアが出しているのは、連中への殺意じゃない。

 そいつは"自分自身"へ向けた感情なんだよ。


 あの時ああしていれば、なんて思っているんだろう?

 それでも取り返しのつかないことをしたと嘆いているんだろう?


 その後悔はきっと、レヴィアの長い生涯でもなくならないものだと思う。

 でも、だからといって、自分ひとりがいなくなる選択は間違っているんだ。


 あの湖に水龍(・・)はもう、いてはいけない。

 こんな人でなしどもがどうなろうと俺の知ったことではないが、いま空にあげ続けている咆哮は、近くにあるヘルツフェルトにまで届いてしまっただろう。

 その結果が何を導くのか、冷静になればレヴィアでも気づくはずだ。


 このままでは詳細を知らない討伐隊がこぞってフェルザーに向かうことになる。

 そしてそれを良しとするレヴィアは何の抵抗もなく連中に身を委ねるだろう。

 真実は闇の中に葬り去られ、怒り狂った水龍の話だけが後世に残る。


 ……そんなこと、俺たちは絶対にさせない。


 今はまだ気がついてないだろうが、俺たちの心はひとつなんだ。

 その可能性を選ぶのはレヴィアだけど、それでもこのまま立ち去るつもりなんて、俺たちにはもうこれっぽっちもないんだからな。



 ……なぁ、レヴィア。

 俺たちと一緒に行こう。


 悲しみがなくなるわけじゃないし、たいして楽しくもない旅かもしれないけど。

 それでも俺は、そう遠くない未来に起こる結末を受け入れようとすることよりもずっといいと思えるんだよ。

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