とても怖い場所
息がつらい。
そう思ったけど、あたしにはなんでか分からなかった。
だけど村長さまや大人のみんなが、とても怒っていることだけはわかった。
普段は入っちゃダメって言われてるおうち。
水神さまに捧げられるってお話を聞いた時に初めて入った場所だ。
……でも、こんなに怖いところだとは思ってなかった。
ここはとっても怖いから、入っちゃダメなんだ。
「……まさか、このようなことになるとは……」
「パドルはなかったはず。
なのに、どうして戻って来れたのか……」
「……泳いで湖畔に戻ったのかしら……」
「子供ひとりだぞ?
そんなこと、あるわけねぇだろ」
大人のみんなは時々こっちを見ながら話を続けてた。
それはとても怖い顔で、目が合うと思わず見ないように目を閉じてしまう。
何度も、何度も説明したけど、信じてはくれないみたいだ。
どうしてなのかな。
あたしが悪い子だから、話を聞いてくれないのかな。
あたしが村に戻ってきたのは、そんなに悪いことだったのかな。
何度考えても、あたしには良くわからない。
水龍さんは悪くないって言ってくれたけど、本当は悪い子なのかな。
だからみんなは、とても怖い顔をしながら怒ったのかな?
「もう十分でしょう!?
コルネリアは戻ってきた!
我々も村を捨て、町で暮らせということですよ!」
「何を言うかと思えば……。
そんなこと、できるわけがないと何度も言ったじゃない」
「できますよ!」
お父さんは力いっぱいお話をするけれど、他のみんなはもっと怖い顔になった。
お母さんの抱きしめる力が強くなる。
ちょっと痛いけど、温かくて安心する。
そこからは、よく覚えていない。
夜になるまで、何かをいっぱい話してた。
何度も大きな声が聞こえて体が震えたけど、その度にお母さんが強く抱きしめてくれた。
「……やはり、捧げるしかないだろうな……」
「なら私が生贄になります!
どうしてコルネリアなんですか!?」
「……何度も言っているだろう?
この子の目は特別なんだ。
他の誰でもない、この子だからこそ意味がある」
……お父さん、すごく怒ってる。
あんなに怒ってるの、見たことない。
いつもは笑顔ばっかりなのに……。
「……我らに残されたのは中年と、森を歩けぬ年寄りのみだ。
若ければいくらでも働き口はあるが、こうなっては難しいと話しただろう?」
「それならみんなで力を合わせて暮らせばいいだけでしょう!?
だいたいこの間の大雨で作物は全滅!
蓄えも底を尽きかけてる今、できることなんてひとつだ!」
「……だからこそ、水神様のお恵みに縋らねばならないのだ……」
「――水神水神って!!
誰も見たことのない存在を崇めて何がどうなるんですか!!
作物をすぐに実らせてくれるんですか!?
こんな危機的状況を救ってくれるんですか!?」
「水神様を蔑ろにしてはいかん!!」
「わけのわからない宗教にはうんざりです!!
こんな村さっさと捨てて、町で暮らせば良かったんだ!!
あなたたちはみんなどうかしていますよ!!」
立ち上がってこちらにくるお父さんに、あたしは抱きついた。
強く抱きしめてくれたけど、いつもと違う怒ったお父さんを見るのが怖くて、目をぎゅっとしてしまった。
よくわからない。
よくわからないけど、きっとここにはいちゃいけないんだ。
……怖い。
こんなに怖い場所だったなんて、知らなかった。
「行こう。
着の身着のままでいい。
俺が何とかするから安心していい」
よかった。
いつもの優しいお父さんの目だ。
「……そうか。
…………残念だ」
外に出ようとすると、後ろから村長さまの声が聞こえた気がした。




