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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十章 人ならざるもの
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特別だから

「わぁ!

 すごいすごい!

 はやいはやーい!」


≪走るのはかまわないが、落ちないように気をつけるのだぞ?≫


「うん!

 ありがとう水龍さん!」


 コルネリアは満面の笑みで答え、その姿に我もようやく安堵した。

 この子はまだまだ子供なのだから、楽しげな姿がとても似合っていると思えた。

 震えながら(かしこ)くも(うやうや)しく言葉にされるといたたまれない気持ちになるし、子供は子供らしく、笑顔で走り回っている方がいい。



 この子との出会いは偶然にすぎない。

 遠巻きで視認するだけのつもりだったが、どうやらコルネリアには気配を察する力がヒトよりも優れているようだ。

 水面にも影響がないように認識阻害をしていたはずの我に気づくとは、さすがに想定外だとしか言いようがない。


 だが、いもしない水神(みずがみ)などとヒトの子が呼んでいる存在に自らを捧げに来たと耳にした時は、驚きを通り越して思考が完全に凍りついた。


 いわゆる贄として湖を漂っていたそうだが、そんな非道な行いを指示した者に、どうしようもなく強い嫌悪感を覚える。

 この子の両親たちが猛反対をしようと、数の前では無力だったと想像させる娘の話は、我をひどく混乱させた。


 ならば、ほとぼりが冷めるまでこの湖にいればいい。

 そう言葉にした我に瞳を輝かせながら喜んだ娘は、とても印象的だった。


 それからは我に臆すことなく話を続ける少女に、不思議な気持ちを感じた。


 ……これは、なんと形容すれば正しく表現できるのだろうか。

 残念ながら、その答えは我には出せないようだ。



 そうして我はコルネリアを連れ、湖を自由に泳ぎ回る。


 神ではないことと水龍と分類される龍種のひとつであること。

 何よりも食べることなく綺麗な水にいるだけで生きられることを伝えると、この子は目を丸くして驚いたが、それもしばらくすると落ち着きを見せ、自分が贄とならずに済んだことを喜んだ。


 大粒の涙を溢しながらも笑顔で答えるコルネリアの姿に思うところはある。

 しかし、我が村に出向いて直接交渉するわけにも行かない以上、この子にすべてを任せなければならない。

 不安ではあるが、しっかりと説明すればヒトの子にも伝わるはずだ。

 そう思わせてくれた少女の傍に居心地の良さを感じながら、我は泳ぎ続けた。



 *  *   



≪そうか。

 コルネリアはまだ、10(とお)になったばかりか≫


「うん。

 あたし、みんなとは違ったものが見えて特別だから、水神さまに捧げられるんだって言われたの。

 それはとてもとてもメイヨなことで、みんなが幸せになれるんだって」


 ……ヒトの子が何をしたいのか、我にはまるで理解できない。

 そもそも理に適っていないこともあるが、いもしない水神だなどと呼ばれる存在に命を捧ぐなど、暴挙としか思えなかった。


 この湖にそんなものはいない。

 いるのは我だけで、もし仮に我がそう呼ばれる存在ならば正す必要がある。

 幼いこの子に任せるには(いささ)か不安は残るも、我が行動するわけにはいかない。

 そうなれば、いらぬ不安と恐怖を与えるだけでは済まなくなるだろう。


 何が最善かは悩みどころだが、天真爛漫なコルネリアを見ていると、まるで心配事が消えていくように思えた。

 確かにこの子にはとても特別な、ヒトの子にはあまり見られない性質を持ち合わせているのかもしれない。

 だからといって命を捧げられなければならないなど、理解に苦しむが。


 我はそんな非道を望んではいない。

 ただこの場所で、静かに暮らしたいだけだ。



 *  *   



「それじゃ、あたし帰るね!」


≪うむ。

 村までの道中、気をつけてな≫


「うん!

 でもね、湖の周りはあんまり魔物がいないから大丈夫だよ!

 きっと水龍さんがいてくれるおかげなのかもしれないね!」


 湖畔に頭を乗せ、コルネリアが下りるのを見守る。

 朝になるのを待ったので周囲は明るく、迷うことなく帰路に着くだろう。


「ありがとう、水龍さん!

 とっても楽しかった!」


≪気が向いたらまた来るといい≫


 自然と零れた言葉に内心驚いた。

 こんなこと、生まれてこの方経験したことがない。

 よほどコルネリアの傍が心地良いのか、それとも我がただ寂しいだけか。


 ……いや、これは恐らく両方なのだろうな。

 我はこんなにもヒトの子と共にいたいと思っているのか。

 そう思わせる少女が離れていくことに、どうしようもなく寂しさを感じていた。



 これを期に、村人とも交流ができないだろうか。

 我にできるのは水質を綺麗に保つことと水を操る程度だが、他にも何かの役に立てるかもしれない。


 大昔にはヒトの子と龍種が共に生きていた時代があったと聞く。

 いずれは他の龍種も共存できる世界を作れるかもしれない。


 近く思えるほどの未来に想い焦がれながら、遠くで手を振る笑顔のコルネリアを穏やかな気持ちで見つめていた。

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