礼儀も慈悲も必要ない
顔を歪めながら地面に寝転がるおっさんども。
俺はその光景をとてもつまらなそうに嘲笑いながら言い放った。
「たったの3回でへばったな。
俺の知ってる冒険者ならお前らの10倍は根性があるぞ。
遊んでやる前から威勢がいいのは口だけなのは分かっていたが、まさかこれほど情けないヘタレどもだったとは、さすがに俺も想定外だ」
本心からそう思う。
これがフランツだったら、もっとへこたれずに迫ってきた。
折角3人同時にかかってこれる状況なのに、それを活かすどころか闇雲に攻撃をしただけ、それも素人の棒振りを当たってやる方が難しい。
連携を取っていればもっと的確な攻撃ができたし、陣形を組めば様々な対処も可能になるんだが、そこはやはりサルだから仕方ないとしか言いようがない。
手に持った獲物も活かしきれていないような猿人には、土台無理な話だ。
それを出会い頭から見極めてはいたが、こうも中途半端な力で威勢良く襲われても苦笑いしか出ないもんなんだと知った。
とはいえ、こいつらもまた連中の一派だ。
悪党ですらないような人でなしだ。
そんな輩どもに礼儀も慈悲も必要ない。
……ただ、この感覚は奇妙なものだと思えた。
俺自身、こいつらと関わりたくないと思っているからなのか。
どこか達観して物事を見ているようにも感じさせる感覚が強くなった。
あまりに拙い言動の数々を向けられ、呆れ果てたのかもしれないな。
「――ぐっ……このっ……ガキがっ……」
「寝言は寝てから言え。
剣を使わずに素手で優しく相手してもらってる自覚すらもないのか。
俺が武器を使えば、お前らは一瞬で真っ二つになってるぞ」
「……ば、化物め……」
言うに事欠いてとんでもない言葉がジジイから飛び出したが、無視をしながら俺は言葉にした。
「遊んでやったんだから満足したろ?
そろそろ俺の質問に答えてもらうぞ」
「……この期に及んで、何を聞くつもりだ……。
コルネリアは水神様に捧げたと言ったではないか……」
「――ッ」
ジジイの言葉にレヴィアが強く反応する。
今にも殴りかかろうとしそうな嫌悪感が抑え切れずにいた。
相手に威圧として直接放っていない溢れ出した気配だから、ジジイや転がるおっさんどもだけでなく村人にも影響がないみたいだが、俺たちだけはその気持ちを痛いほど受け取れた。
……いや、この気配は嫌悪感に似た殺意に近いと言えるものみたいだな。
彼女が一歩だけ足を前に出すと同時に俺は手で遮り、冷静さを取り戻させた。
レヴィアの気持ちを考えれば、こんな連中に慈悲などくれてやる必要は皆無だ。
しかし、そうであったとしても、命を奪うことだけはできるならしたくない。
後ろで心配そうにこちらの様子を伺っている子供たちがいるんだ。
冷静になったレヴィアであれば、それに気付かないはずもない。
そして心優しい彼女の手を汚す価値すら、こいつらにはない。
そんな必要はないし、そうするべきでもないと俺は思えた。
一度こちらに視線を向けた彼女は瞳を閉じて、俺にこの場を預けてくれた。
水龍の頃から思っていたことだが、レヴィアはとても思慮深い。
それでもコルネリアの一件は大昔から影響してきたもので、いわゆるバタフライ効果が導き出した結果だと彼女は思っている。
たとえそうだったとしても、コルネリアが犠牲にされた必要なんてまったくないし、その理由も理解できないが、それでも俺はレヴィアが悪いだなんて微塵も思わない。
子供たちやリージェもそうだ。
同じ気持ちだからこそレヴィアを大切に想い、慕っている。
ほんの少し、何かがずれていた。
たったそれだけで尊い命が奪われる結果となったと、俺には思えてならない。
……だが、残念ながらそれだけでは済まされない。
コルネリアの一件のみなら、あとは憲兵に任せていた。
そうはできない理由があるから、今もこうしてここにいる。
俺とレヴィアは怒りを露にし、子供たちは戸惑い、恐怖し、憤り、リージェは悲しみの中にいる。
それを、こいつら人でなしどもの口から、はっきりと聞かなければならない。
「お前らに聞きたいのは別のことだ」
「……何だ。
これ以上、何を聞こうというのだ……」
白々しい。
その言葉、その不快な声でさえ、俺を激しくイラつかせる。
……いや、こいつらにとっては"その程度のこと"なのかもしれない。
そう思えばすべてに辻褄が合ってしまうし、だからこそこんな不遜な振る舞いができるんだ。
元々俺たちとは別物の価値観で生きている連中の思考を読めなくて当然だ。
悪びれもせず人とも思えない行為をしたこいつらに、命の尊さなんて説いても逆効果だと思えた。
"だからこそ捧げた"と、わけのわからない理屈をこねくり回すだろう。
それでも、彼らがどうなったのかだけは、明確にしておかなければならない。
「お前ら、コルネリアの両親は今、どこにいる?」




