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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十章 人ならざるもの
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本当にいいのか

 俺たちが湖畔に戻った頃、空は満天の星で彩られていたことに気づく。

 随分と時間をかけたようにも感じられた俺は、白く輝く月と流れる雲を見上げながら大地を踏みしめた。


 水龍も認識阻害を解き、湖畔に頭を乗せる。

 その巨大さに改めて驚きながらも、俺は言葉にした。


 本当にいいのか、と。


 命が尽きる可能性は低くなったとも思えるが、それも希望的観測にすぎない。

 実際に使ってみなければ分からないものだろうし、何よりも体質に合わないかもしれないと思える俺には、この書物を使うことそのものに強い抵抗感があった。


 水龍がそこまで体を張る必要なんてない。

 俺にはそう思えてならなかった。


 はっきりと言葉にしなくても、彼ならば意思は伝わるだろう。

 そして彼から発せられる答えも、俺の想像した通りのものだった。


≪それでも我は、ヒトになる道を選ぶよ≫


「……そうか。

 なら、もう何も言わないよ。

 エルル、その本を水龍に向けて開いてくれ。

 あとは水龍がなりたいものの姿を思い浮かべるだけでいいそうだ」

「うん!」


 本の真ん中あたりを開くエルル。

 しばらくすると白銀の光が本から溢れ出し、水龍の体を包み込んだ。



 ……これですべてが解決するわけではない。

 このあとのことを考えながら、俺は光に包まれる彼を見守った。


 巨大な彼の姿がゆっくりと小さくなり、やがて光が収まる頃には人と思える大きさで落ち着いたようが、俺の心は千々に乱れ、そのすさまじい衝撃は目を丸くしながらまともな言葉すら出せずに口をぱくぱくとすることしかできなかった。


「ふむ。

 どうやら無事に成功したようだな。

 多少動作に違和感を覚えるが、それも時間と共になくなるだろう」

「はわわわっ!?」


 元水龍は冷静に話すが、動揺してるのは俺とエルルだけみたいだ。

 インベントリから取り出した夜空を連想するような暗い青色のローブを元水龍に向かって放り投げ、俺は視線をずらしながら言葉にした。


「何で裸なんだよ!

 っていうか、男じゃなかったのかよッ!」


 ばさりと彼女の頭にローブをかけるように投げるも、実際にどうなったのかは見ていない。

 腰まで伸びる白銀に薄い水色が入った美しい髪、白磁のような肌と大人の顔立ちに凛とした声はリージェとも違う印象を持つが、問題はそこではない。

 一糸纏わぬ大人の女性が裸で目の前にいて何とも思わない同世代の男がいたら、会ってみたいもんだと本気で思えた。


 その様子に首を傾げるフラヴィとブランシェだったが、ふたりの気配は別物だ。

 ブランシェは腑に落ちないといった表情で俺を見つめているな。


「む?

 そういえば言っていなかったか?

 我はこれでも雌だぞ」

「いま言われてもな……。

 それと雌とか言うな」

「難しいことを言う。

 女子(おなご)と呼ばれるほど若くもないぞ」

「そういう意味じゃない。

 だいたい、そんな口調とあんな野太い声を響かせてれば、男だと思うだろうが」

「ふむ、そういうものなのか。

 あれは大きさから来る声色だから変えることは流石にできないだろうが、あらかじめ言っておくべきだったのだな。

 それは済まないことをした」


 どこか抜けているようにも思える言葉を放ち続ける彼女に、俺は呆れながらもお願いをした。


「どうでもいいが、早く服を着てもらえないだろうか……」

「我は普段と変わらぬ姿でも構わないのだが?」

「いいから服を着ろ!

 目のやり場に困るだろうが!

 それに人が裸で歩く行為は法で咎められる非常識さだからな!」

「ふむ、そういうものなのか。

 人間とは思っていた以上に自由ではないのだな。

 ……む? これはすべすべとして、中々に良いものだな」


 それを自由とは呼ばないと喉まで出かかって、俺は引っ込めた。


 ……もう何を言っても無駄のような気がしてきた。

 あまりにも住む世界が違いすぎて、リージェよりも遙かに浮世離れしている。

 それも当然だと思えるが、こんな調子で人としてやっていけるんだろうか。


 とりあえず服を着られるだけの知識を持ち合わせてくれていた女性にため息をつく俺を、なんともいえない瞳で見つめていたブランシェは納得がいかない様子で言葉にした。


「……ごしゅじん、あの時のアタシと態度がぜんぜん違うー。

 裸であんなにすりすりしても、そんなふうにしてくれなかったのにー」

「……白い目で見つめてもダメだぞ」

「ぶーぶー!」


 抗議をするブランシェだが、俺は子供に欲情したりはしない。

 大切な子供にそんな感情を持つ親が、どこの世界にいるってんだよ。

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