笑ってくれるはずだ
「水龍さーん!」
彼へ手を大きく振りながら、エルルはとても明るい表情で言葉にする。
少しだけ気持ちが昂っているのかもしれないが、周囲の警戒は続けているようで安心した。
問題なく神殿入口まで戻って来れたが、魔物がいないとは限らない。
彼の気配にあてられても鈍感なやつが襲い掛かってくる可能性を考慮すれば、ここで警戒心を緩めることは褒められない危険な行為になるだろう。
それをしっかりと学んでいる子供達に安堵しながら、水龍の言葉に耳を傾けた。
≪無事で何よりだ。
……エルルが手に持っているものは、まさか……≫
「うん!
お話に出てた本だと思うよ!」
エルルは言葉が続かない水龍へ笑顔で答えた。
もしかしたらと期待を持ってしまうような純白の書だ。
感慨にふけるような気持ちになっているのかもしれないな。
「それじゃトーヤ、水龍さんを人に――」
「待った」
「えぇぇ!?」
「いや、そんな驚かなくても分かるだろ?
ここはまだ湖底で、水龍が人になったら俺たちはどうなるんだよ」
「……ぁ」
声にならない音を出したエルルは、同時に青ざめた。
ようやく理解してもらえたようで安心していると、水龍もそれに続いた。
≪なるほど。
我も人となれば湖底の圧に耐えられないかもしれない。
加護も解除される可能性を考えれば、この場で変わることは危険だな≫
「そういうことだ。
はやる気持ちが抑えられないのも分かるんだが、まずは湖畔へ向かうべきだ」
「……うん、そうだね……。
色々と危ないところだったかも……」
しょぼくれるエルルだが、普段この子が持つ冷静さと思慮深さは知っている。
今は少し高揚してるが、それもこれで落ち着きをみせるだろう。
≪心から感謝する。
ようやく我も、その可能性を信じられる≫
「その言葉はまだ少し早いぞ。
どうなるかは実際に試してみないと分からないんだ」
≪それでも感謝の念に堪えない。
そのくらいしか我にはできない≫
「いや、湖畔へ戻るには力を借りるしかないんだが」
冗談交じりで言葉にする。
それに答える水龍は優しい声色を発したと、なんとなく感じられた。
≪そうだったな。
では湖畔に向かうとしよう≫
「あぁ、頼むよ」
* *
水を切るように彼は進む。
静かに、波を大きく立てないよう穏やかに。
肌に触れる風が心地良く、時たまかかる水しぶきに喜ぶ子供たち3人を見ながら頬を緩ませる俺とリージェは、水龍とこれからのことを何となく話していた。
一応小船も回収したが、もう誰も乗ることはなかった。
本音を言えば、触れたくもないと思えてしまうが、物に罪はない。
だからといって生理的に嫌悪している連中が使っているモノであるのも事実で、そんな小船に乗るという発想は俺たちにはもうなくなっていた。
現在は水龍の大きな頭に足を伸ばしてくつろぎながら風を切るように進むのを、まるでアトラクション感覚で楽しむ子供たち3人に、俺も自然と笑みがこぼれた。
そんな楽しげな子たちを見ていると、遊園地に連れていってあげたいと思える親の気持ちが分かったような気がした。
もしみんなを連れ帰れるのなら、夢の国へ遊びに行こう。
きっと子供たちだけじゃなく、リージェも楽しく笑ってくれるはずだ。
みんなが笑顔ではしゃぐ姿を想像しながら、今後問題となる事案について俺は水龍を交えて話し続けた。




