長過ぎる時を
水龍はしばらく考え続け、俺の質問に答えた。
それはこれまでと変わらず大きく周囲を振るわせる音ではあったが、どことなく寂しさを秘めた声色に聞こえたような気がした。
≪……それでも我は、その可能性を選ぶよ。
そうでなければ最初から放置しているか、いっそ楽にしただろうな。
もしヒトとなる過程で我が滅ぼうとも、"コルネリアが救われないではないか"と強く思った時点で我の命運も尽きていたということなのだと諦めるよ≫
「……水龍さん……」
≪そう寂しい顔をするな、エルルよ。
……いや、3人も同じ気持ちのようだな。
これでも我は若いとはいえ長く生きている。
ヒトに比べれば長過ぎる時を、な≫
どこか楽しそうに話す水龍だが、実際にこうして言葉を交わすことを好まないわけじゃないようだ。
それどころか、コルネリアとの会話はいいひと時だったと、嬉しそうに話した。
俺はそんな彼に疑問を持つ。
きっと同じ立場ならどうなっていたかは分からない。
自分を犠牲にするどころか仮定の話だったとしても、俺は選べるんだろうか。
誰かのために、自分を代償とすることができるんだろうか。
「……未練は……ないのか……。
まだまだ生きようと思えば生きられるはずだろ……。
本当に命が尽きる可能性だってゼロだとは言えない。
人のために尽くそうとする気持ちは慈愛と呼ばれる美徳だろうけど、自己犠牲にも思えることをしてまでそれを選ぶべきなのか、俺にはよく分からないよ……」
気がつくと、俺は言葉を発していた。
心の声がはっきりと漏れていたようだ。
水龍の気持ちは間違っていない。
誰かのために行動することも正しいはずだ。
……でもそこに、自身の命まで賭ける必要があるとは思えなかった。
これは彼の覚悟に水を差すことと同じだ。
それでも彼は声色を変えることなく、静かに答えた。
≪……未練はある……後悔もな……。
だがそれは言葉にしても、今更遅すぎる。
我が肉体が滅び、この世ではない別の場所でコルネリアと再会することができるのであれば、謝罪くらいはできよう。
……そんなことで赦されるとは到底思わない。
それでも我は、謝らずにはいられんよ≫
「……すまなかった。
侮辱にも等しい発言だったな」
≪構わぬよ。
これは我の勝手な言い分に過ぎない。
あの時、少しでも思慮深く行動していれば、こうはならなかった。
そう思うこと自体、我の罪悪感からきているものなのだろう。
どんなに嘆き後悔しても、コルネリアが戻ることは決してない。
……ならばこの気持ちを決して忘れずに、可能な限り長く生き続ける。
それがあの子のために我ができる、最良の選択なのかもしれないな……≫
寂しそうに、辛そうに、彼は言葉を続けた。
生きていれば、選択を迫られることがある。
それは決して楽に選べないような、とても大きな問題かもしれない。
何気ない選択肢に思えて、選んだ答えが鋭い刃として戻ってくることもある。
だからといって水龍のように思えるかと聞かれても、俺には答えられない。
重大な決断を選んだことのないガキには、今はそうとしか答えられない。
……でも、もしそういった決断を迫られる機会が訪れたとしたら、俺はどんな答えを出すんだろうか。
これも覚悟のひとつとして、しっかりと考えておくべきことかもしれないな。
「……真面目だな。
俺ならそんな風に思われてると知れば、苦笑いしか出ないんだがな」
≪そういうものなのだろうか?≫
「どうなんだろうな。
俺は生贄なんて非道な真似を、したこともされたこともないからな」
答えようがない。
とても小さく俺は答えた。




