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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十章 人ならざるもの
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小難しいな

 水龍が見ていたのも儀式のひとつだと思えた。

 誰かを生贄にする非道に走れば止めていたが、そうはならなかったので放っておいたらしい。

 もっとも当時は、そんなことが起こりうるとは想定していなかったみたいだが。


 いわゆる祝詞(のりと)だと俺は推察するが、その詳細までは彼も憶えていないそうだ。


≪不思議なことをするものだと当時は興味が湧いた程度だったが、その中でも気になる言葉が先ほどから妙に引っかかっていてな≫


「どんな内容だったか憶えているか?」


≪……ふむ、なんだったか……≫


 相当古い記憶なのは理解できるつもりだが、もしかしたらそれが現状を打破できるかもしれないとも俺には思えた。

 恐らくは祭壇を作り、作物などを供物として祝詞を唱えていたんだろう。


≪"ミズノカミヒトナラザルモカミアタエシウツワアケサセタモウカシコクモアケテミバヤトフタアケラバシロキショアリミョウタイヨリテツイニカミウマレイデリ"

 ……だったか。

 さすがに正確なものではないかもしれんが、ヒトの子の言葉は小難しいな≫


 その内容はどうやら祝詞とは違うようだ。

 もっともここは異世界だから、多少意味合いが違っても不思議ではないが。


「他には何か憶えているか?」


≪長々と何かをしていたが、この文章だけ何度も繰り返して聞こえたから印象に残っていたのだろう。

 ……これでも1000年近くは前の話になるからな。

 よく憶えていたものだと我ながら感心する≫


 確かに1000年も昔の、それも何度も耳に入ってきたとはいえ理解できない言葉を憶えていることそのものがすごいと言えるだろう。

 俺にはそんなことできないし、10年も経てば忘れてしまうかもしれない。


 それでもその言葉に俺は一筋の光明を見た。

 妙な言い回しで正しいものとは言いがたいし、実際にはもう少し長く唱えていたのは間違いない。

 だが、これで少しは進展できそうだと思わず口角を上げる俺に、水龍は訊ねた。


≪ふむ。

 その顔は何かを得たと見るが≫


「まぁ、所々微妙な言い回しで正確には理解できないが、おおよそ把握した」


≪本当か≫


「あぁ。

 "水の神ヒトならざるも、神与えし器、開けさせたもう。

 (かしこ)くも開けて見ばやと蓋開けらば白き書あり。

 妙諦(みょうたい)よりて、遂に神が生まれいでり"」


 色々問題に思える箇所も、言い間違えと思える部分もある。

 俺の"言語理解"スキルの限界か、一言一句を正確に聞き取ることも難しいのか。

 しかしここまで言葉が残っているのなら、ある程度は補足して考えればいいだけだし、何よりもこれはかなり有力な情報だと思えた。


 ……当時の連中がどこでそんな知識を得たのかは謎だが、これについては大昔の話だから今更調べることは難しいだろうな。


「つまり、神が与えたと言われている器、ここでは箱か壷のようなものだと思われるが、その中に"人ならざるもの"を人間に変える秘術が書かれた白い書物か、それに近いものがあるらしい。

 人の姿をとった水神を、"新たな神"として崇め奉ろうとしていた。

 ……そんなところだろうか」


≪……そんなことが可能なのか?≫


「それは俺に聞かれても答えられないぞ。

 だが大昔の人は、それができるって信じてたんだろうな。

 宗教は時として妄信しがちだし、実際の顛末も今となっては分からない。

 ……気になるのは、"神与えし器、開けさせ給う"って言葉か」


≪どういうことだ?≫


「"器、開けさせ給う"ってことは、誰かにそう指示されたとも受け取れる。

 そいつは魔物の類か、それとも神を僭称(せんしょう)する者か……。

 1000年以上も前から現在にかけて同じ場所に存在し続けているとはさすがに思わないが、もしかしたら厄介なことになるかもしれないな」


 それが龍種にも伝わらないほどの長命な存在である可能性を否定できない。

 最悪の場合、凶暴な魔物が襲いかからないとも言いきれないが、今の言葉を信じるのならばそれはないと思いたいところだな。

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