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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十章 人ならざるもの
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いてもいなくても

 水龍がしようとしていることが本当に必要なのか、俺にはわからない。


 それについて本人はあまり深く考えていないのかもしれない。

 自身が滅びることを最良だと考えているやつには見えていないんだろう。

 だから俺にはこう答えるしかないし、こう答えるべきだと思えた。


「あんたが滅びたところで、何も変わらないかもしれないぞ」


≪どういうことだ?≫


「たとえあんたの亡骸を目にしたとしても、"肉体から解き放たれた"なんて適当な理由をこじつけて、これからも様々な理由でいもしない神に捧げられる可能性がある、という意味だ。

 どんな理由かはわからないし、本音を言えば連中とこれ以上関わりたくない。

 だが、"生贄を捧げたことで事態が好転した"と解釈されたらおしまいだ。

 そうなれば今後も何かにつけて命を奪う儀式を正当化することになりかねない。

 他の誰でもない俺たちがそれを容認し、俺やあんたの想いとは裏腹に、ここにいる誰もが望んでいないおぞましいことがこれから先も人知れずに繰り返される」


≪それはつまり、我がいてもいなくても結果は変わらない、ということか≫


「残念ながらそうなると俺は予想している。

 一応は裁かれるように手配を済ませてあるが、逃げおおせることもある。

 生贄を捧げただけで、そいつらの生涯を檻の中で過ごさせることは難しい。

 そう遠くないうちに村に戻り、恐らくは何食わぬ顔で日常に戻るだろう」


≪……それでは犠牲となるものが、あまりにも不憫ではないか……≫


「それについては俺も同じ気持ちだし、このまま済ませたくもない。

 だが、人ひとりにできることなんて高が知れていると言わざるをえない。

 人間世界の法と秩序に訴えたとしても、結果を変えるには至らないと俺は思う」


≪……むぅ……≫


 低く、重々しい呻るような声が周囲に響き渡る。

 それだけで湖面に波紋を呼ぶほどの衝撃があるようだ。


 短い時間を挟み、呟くような声で水龍は言葉を続けた。


≪……我の罪は、我が身で(あがな)うつもりでいた。

 しかし、それでは何の解決にもならないようだな≫


「俺はそう思うよ。

 歯痒いが、恐らく間違ってはいないはずだ。

 ……だがなぜそこまで人の命を気にするんだ?

 偏見かもしれないが、龍ってのは縄張り意識の高い存在だと聞いていたが」


≪偏った見解だな。

 邪龍や腐龍といった連中であれば、自らの領域に足を踏み入れた存在へ牙を剥くが、他の龍種であれば排他的な思想を持たない≫


 ……なんだよ、そのおっかない種類の龍は……。

 邪龍だの腐龍なんて恐ろしいのがいるのかよ……。

 絶対に遭いたくない相手じゃないか……。


≪我ら水龍の血脈は生来気性が穏やかだ。

 それに龍種のほとんどは多種族を見下さぬ高潔さを持つ。

 ヒトや魔物よりも遙かに強く、長命で体躯も巨大だ。

 そんな我らがヒトの近くへ行けば、それだけで恐怖心を煽る。

 故に龍種で不可侵協定のようなものが我の生まれる遙か以前に自然とできてな。

 それ以降はヒトと極力遭遇しないように過ごしている≫


 どうやら人に伝わっているドラゴンの話とは、まったく違うように思える。


 ……誰だよ。

 噛むだけ噛んで吐き捨てるような扱いをするとか言ってたやつは。

 とてもそうは思えない、理知的で気高い種族みたいじゃないか。

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