それが家族
思えば俺たちは、この場所とはとても関係が深い。
正確にはこの場所ではないし、この周辺という意味になるだろう。
今いる場所も知っているとは言いがたいが、それでも感慨深いと思えてしまう。
フラヴィが生まれ、ブランシェを託され、エルルを保護し、リージェを救った。
そのすべてがこの眼前に広がる巨大な湖を中心として出逢っている。
確かにここはとても美しく、神聖な場所に思えなくもない。
何か"人ではないもの"が住んでいたとしても不思議ではないほどに。
しかしそれが人の崇拝するような存在かと聞かれたら、頷くことはないだろう。
そう思えるのは俺が無神論者だからなのか、それとも別の理由かはわからない。
けど、尊い命を犠牲にしてまで妄信するようなことじゃないのは確実だ。
フェルザーの湖。
世界最大と言われる巨大な湖で、その透明度は非常に高く、まるで澄みきった宝石を溶かしたようにも思える美しい水質を誇る。
これだけ広い場所なら、巨大な魔物の1匹や2匹いてもおかしくはない。
初めてきた時はフラヴィの育成のために水場を選んだ程度の認識しかしていなかったが、今にして思えばそんな存在がいることすら俺の想像とかけ離れていた。
実際に"水神"と呼ばれる強大な存在がいるのは間違いないだろう。
あんな連中を信じるのも癪にさわるが、それはもう疑いようもない。
離れた村にまで咆哮を轟かせるほどの大物が確実にいる。
問題はどうやってそいつを呼び寄せるか、だな。
周囲にそれを思わせるような存在の気配は感じない。
「……ボロボロの小船が1隻か。
俺ひとりでそいつをおびき寄せるから、みんなはここで待機してほしい」
「そ、そんなのダメだよ!
あたしたちもトーヤと一緒に行く!」
思ってたとおりの反応を見せるエルルだが、想いはみんな一緒か。
だからといって連れて行くわけにもいかないと思えるが、問題も多い。
さてどうするかと悩んでいると、エルルはもっともな理由を話した。
やはりこの子は年齢不相応の判断力を持つようだ。
それにいち早く気づかれてしまった。
「ここで待っていると、あの人たちが追ってくるかもしれない。
遠巻きにトーヤが見えなければ襲われることだって考えられるし。
それにね、暗殺者が近くにいたら、この期を見過ごさないと思うんだ。
そうなればあたしたちに対処ができるとは限らないでしょ?
だからトーヤと離れない方が、かえって安全だと思うの」
……痛いところをつく。
確かにこのまま待機させるリスクは高い。
だからといって、水面をボートでのんびり進むわけにもいかない。
場合によっては攻撃できない位置から襲ってくる可能性だって考えられる。
「ねぇ、ごしゅじん。
"進めば相応の危険が伴う場所ならみんなの意見を聞く"、だったよね?
待つのも危険なんだから、この場合はアタシ達の話を聞いてくれるんでしょ?」
「ぅ……」
想像もしていなかった場所から、思わぬ伏兵が現れた。
まさかブランシェからぐぅの音も出ない正論を言われることになるとは、さすがに思ってもみなかった。
虚をつかれ、普段は出さないような声が俺の口からもれた。
「うふふ、決まりですね」
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」
右手を額に当てながら訊ねると、リージェは綺麗な笑顔で答えた。
「それが"家族"なんですよね?
みんなトーヤさんと一緒にいたいのですよ。
もちろん、私も含めて」
「……はぁ。
わかったよ。
どの道ここに残しておくのも不安だし、仕方ないと諦める」
手放しで喜ぶ子供たち。
その姿に俺はどっと溢れてきた疲労感をため息で軽減させた。




