後手に回れば
俺の提案に無言が続く。
怖いくらいの沈黙の中、口を開いたのはハイドンだった。
「こちらから正式に依頼をお願いしたいと思います。
依頼内容は姪であるコルネリアの捜索、救助を。
場合によっては相応の魔物討伐代金もお支払いします」
その真っ当な依頼をこの場で断るようなことはできない。
俺だけでなく、みんな同じ気持ちだと思える気配を纏っている。
そんな想いもはっきりと伝わったのだろう。
難しい顔をしながらギルドマスターは意思を確認するが、彼の言い分はもっともだと思える非常に面倒なことがこの先に待ち構えている。
それに最短距離を目指して迷宮都市へ向かわなければならない以上、寄り道など必要最小限に留めなければ危険な状況に陥りやすいのは間違いないだろう。
後手に回れば、命の危機にすら直面するかもしれないんだから。
「……いいのか、トーヤ殿。
様々な問題が山積みの上、今回の件にまで関わるとなれば相当の負担になる。
ましてや強大な魔物とすら想定に入る存在と敵対する可能性が非常に高い。
何もトーヤ殿の助力がなくとも、当ギルドが調査、捜索に向かうが……」
「いえ、問題ありません。
このまま無視することも俺たちにはできませんから」
「……しかし……」
何かを言いかけた口を閉じたベッカーは瞳を閉じながら首を横に小さく振り、俺を見据えて言葉にした。
「……そうだな。
この件もトーヤ殿に任せたいと思う。
無理と判断すれば早急に引き返して報告を。
もし解決できればそのままヘルツフェルトへ向かい、ギルドから報告書を私宛てに送ってほしい」
「わかりました。
ですが、元々無茶をするつもりはありません。
対処に困るようなら、その旨も報告させていただきます」
「助かる。
正式な書類はこちらですべて用意する。
トーヤ殿は支度を整え、調査に赴いてほしい。
なお、クーネンフェルスへ無理に戻る必要もない」
「はい」
「ありがとうございます」
立ち上がる俺たちへ感謝を述べるハイドンに、はっきりと答えた。
「俺たちにできることをするだけだが、"最悪の事態"も想定してほしい。
当然そんなことのないように行動するし、そのつもりで捜索をする。
だが、日数が経ちすぎている以上、どうなるかは分からないぞ」
「……覚悟の上です。
元々村を離れている私には、どうすることもできませんでした。
それでも私は、コルネリアの帰りを待っています。
可能であればでかまいません。
ヘルツフェルトまでお送りいたいて、乗合馬車でこの町を目指すように手配をして下さると嬉しく思います。
そちらの代金も報酬金と合わせてお支払いさせていただきます。
コルネリアをあの村に置いておくわけにはいきませんので……」
「わかった。
最善を尽くすことは約束する」
「……ありがとう……ございます……」
深々と頭を下げるハイドンだったが、実際には望み薄だと言わざるをえない。
生贄にされ、現時点で7日も経っているんだ。
村までは恐らく最低でも5日はかかると思われる。
どうなっているのかなんて分からないし、最悪の事態は覚悟するべきだ。
それでも、たとえわずかであっても、その可能性にすがりたい気持ちは痛いほど伝わってきた。
家族のために故郷の村を捨てたとはいえ、可愛い姪であることは変わらない。
言葉にしなくても、そのくらいは俺にだって理解できる。
なら俺に、俺たちにできることをするだけだ。




