なおのことだ
日本だろうと異世界だろうと関係ない。
クズってのは、どこにでもいる。
下卑た笑みを浮かべながら、モラルを逸脱する輩は確かにいる。
馬鹿盗賊たちもそうだったが、あれに限られたことじゃない。
もっと醜悪でおぞましい連中が世の中には少なからずいる。
現に今も消えることなく存在する。
本物の悪党と呼ばれるような、"人ではない連中"が。
人が人を食い物にするのは、いつの時代も、どこの世界だろうといなくなることはないんだろう。
悲しい話だが、殺人事件のニュースを聞かない日はない日本でさえも、穏やかで温かく暮らすことのできる場所だったのかもしれないな。
彼が言葉にした単語は、この国では禁止されている制度ではあるものの、世界的に見ればそれほど珍しいワードではないようだ。
そこに苛立ちと悲しみが入り混じる感情があふれてくる。
奴隷。
体に"奴隷紋"と呼ばれるものを刻み込まれ、行動を強制させられる存在。
そのほとんどが人さらいに遭った者だと聞く一方で、他国では違う扱いとしてもこの言葉は使われるようだ。
「奴隷とは、犯罪者の意を持つ国がある。
罪を償う目的の一環として刻印を施される場合があるそうだ。
労働に従事させようにも、それに従う連中だとは限らない。
言うことを素直に聞くやつは、初めから罪など犯しはしない。
仕方がないとも思えるが、この国にはない制度であることは理解してほしい」
「はい。
分かっているつもりです」
心の揺らぎを見透かされたように彼は続けて言葉にする。
俺には心情を隠しきることが苦手なのかもしれないな。
だが心配を含んだ彼の言葉は、素直に嬉しく思えた。
「簡単に割り切れるようなものではないことも確かだ。
そうする必要はないし、そう思える自分を変えることもない。
……ただ、その可能性があることは、忘れない方がいい」
問題の貴族が奴隷を連れてくる。
もしくは、奴隷をけしかけてくる可能性だ。
どちらもまともな人間が取る行動じゃない。
人が人を売り買いし、自由にしていい理由なんて、これっぽっちもないんだ。
嫌悪感を剥き出しで考え込んでいたんだろう。
瞳を閉じたベッカーは静かに言葉にした。
「優しいな。
トーヤ殿のような者が多くいれば、悲しみに苦しむ人は極端に減るんだが」
「……いえ、俺はただ、自分自身が納得できないだけですから」
国が変われば法律も変わる。
それが世界であればなおのことだ。
俺には理解できないことだって多数あるはず。
そのひとつひとつに苛立っていては、世界を旅するなんてできるわけもない。
それでも、奴隷制度自体が外道のすることだとしか思えない自分がいる。
「奴隷を連れ歩くような馬鹿はこの国にはいない。
もし見つかれば、他国の要人だろうと憲兵が逮捕する。
しかし、その相手がマルティカイネン家ともなれば話は別だ」
これまでの噂がデマだったとしても、"自分もそうなるかもしれない"と恐怖心を与えられている者にとっては厄介事どころの話ではなくなる。
それでもと声を上げて行動に移せるのは、周りが見えていない者だけだ。
その結果が目に見えている以上、手を出す存在がいるとも思えない。
憲兵であろうと、歴戦の冒険者であろうと。
家族がいればそんな道は選べないし、選びたくないと思うのが本音だ。
俺だってそうだ。
こんな指輪を抱え込まなければ、絶対に関わろうとしない。
可能なら、今すぐにでも投げ捨てるだろう。
「強力すぎる後ろ盾がある連中を相手に、我々でも手を出すのをためらう。
何かひとつでも好転すればと思うが、それも難しいのが現状だ」
「……"情報"、か」
呟くような声を出した俺に、察しが良くて助かると彼は答えた。




