弱さのひとつ
徐々に憲兵のお小言に慣れつつある俺は街門をぐぐり、眼前の町を目指す。
心配してくれるのは感謝しているが、強くなるためには乗合馬車が使えない。
彼らの言葉に心苦しさがなくなることはないだろう。
だがこれはみんなのためでもあるし、呆れてもらう方がずっといいと思えた。
「……ごめんね、トーヤ。
あたしたち小さいから、毎回言われてるよね……」
思いがけない言葉がエルルから飛び出し、俺は少し戸惑った。
しかし、そんなことを気にしなくていいんだと俺は答えた。
「みんなが強くなることの方が大切だ。
本気で命を摘み取ろうとする相手には俺が容赦なく叩き潰すが、万が一もある。
多人数で襲い掛かってきたことも想定して、みんなには自分を護れる強さと時間稼ぎができるようになってもらえると、俺も安心して戦えるんだよ」
「……ほんとはね、ふらびいもいっしょにたたかいたいの……」
「その気持ちはすごく嬉しいけど、それはダメだよ。
いくらフラヴィが強くても、命を消そうとする相手と戦わせられない。
俺も一度経験があるが、あれは異質な気持ち悪さを強く感じた。
恐らくだが、そのおぞましい気配に飲まれる可能性が高い」
その結果は想像もしたくない。
一瞬の隙ですべてが終わる。
この中で唯一戦えそうだと思えるのはリージェか。
彼女の持つ覚悟なら、気配に飲み込まれることなく戦えるかもしれない。
だがそれも仮定の話になる。
出たとこ勝負は最悪の結果に繋がる可能性も低くない。
ましてやここにいるみんなは心根が本当に優しい。
そんな優しさを持つみんなに、あんな連中と戦わせたくないのが本音か。
いくら修練を続けて強くなったとしても、それをためらってしまう。
あんな気色の悪い連中と戦うのは俺ひとりで十分だと本気で思っている。
それがどれだけ危険なことだと頭で理解していても関わらせたくない。
……これも俺の弱さのひとつだな。
この世界の暗殺者がどれほどのものか、その正確なところは分からない。
だが、己を高めるために修練を積み続けたランクS冒険者のユリウスを基準に考えると、今のフラヴィなら倒せる確率の方が高い。
それも純粋な力と技術で戦った場合の話になる。
馬鹿盗賊以上の気色悪い気配を放ち続けるような存在と戦わせるつもりはない。
暗器を忍ばせているどころか、なんのためらいもなく毒殺を狙ってくるだろう。
俺でさえ、そんな連中と一戦交えればどうなるのかは見当もつかない。
……それでも……。
「……俺が全力で倒すよ」
「……トーヤ……」
強く誓いを立てるように覚悟を示す俺を心配するエルル。
フラヴィやブランシェ、リージェにも同じような顔をさせてしまった。
「心配させてごめんな。
みんなは俺が護るから大丈夫だよ」
心中を吐露するように言葉にしたが、どこか悲しげな表情に変えたエルルは小さく答えた。
「……そうじゃ、ないよ……トーヤ……。
あたしたちは、トーヤと一緒に戦いたいの……。
みんなトーヤが大好きだから、トーヤの力になりたいんだよ……」
涙が出そうになるほど嬉しい言葉を聞けた。
素直に嬉しいと思えるが、それでもそのまま受け取るわけにはいかなかった。
「……ありがとうな。
でも、まだまだ習うべきことは多い。
それに異質な存在と遭った瞬間、凍りつくと思うよ。
そういった危険な連中を相手にするのは俺だけでいい」
どこかみんなを突き放すように俺は言い放つ。
同時に悲しみは広がるが、それでも俺にはそう言葉にすることしかできない。
……本当にごめんな。
でも、それでも俺が戦うよ。
それが間違っていなかったんだと確信するような予感がある。
まだ遭遇するどころか存在すら曖昧な相手だけど、この感覚は徐々に強まっているんだ。
恐らくは確実に敵対するだろう。
それがいつどこでかは分からないが、気配察知を常に解けない日々が続いてる。
これは予兆だ。
本能的にそれを察しているようにも思える。
スキルの強化を最優先にするべきだと、本気で思えるほどに。




