森が持つ優位性
街道から1時間ほど森へ進んだ場所を俺たちは進む。
相も変わらずお小言を言われて早3時間といったところか。
ブロスフェルトからそう離れていないが、修練にはもってこいだ。
集中力が戻った子供たちに反復練習を続けながら、俺は技術的な話をしていた。
リージェへ指輪を届ける前に軽く話した、いわゆる森が持つ優位性についてだ。
この知識を持たなければ大きな隙になりやすいだけじゃない。
最悪の結果すら考えられる厄介な状況になりかねない。
単純な話、木は姿を隠すのに絶好の隠れ蓑と言える。
そして時に強力な武器にすらなってしまう。
それは落ちている石や葉、枝なんかでも変わらないが、かなりの熟練者ともなれば地面に植わってる木を攻撃の道具として利用する可能性が考えられる。
これについては話しても、あまり想像できないみたいだな。
エルルは再び頭から煙が出ているように見えた。
「……んん~?
地面に植わってる木を持ち上げて殴りつけてくる……ってこと?」
「違うぞ。
たしかに引っこ抜いて投げつけてくる可能性ですら、魔法が使われるこの世界なら現実にしてしまうやつがいるかもしれないから考慮するべきだが、俺が言っているのはそんなことをしなくても武器として使えるってことだな。
たとえば木を切り倒す角度でもこちらに襲い掛かってくるし、瞬時に大量の木に剣を通して時間差を利用した木の罠を仕掛けることくらいは俺でもできるんだ」
本音を言えば、木を切り倒すこと自体に思うところがある俺には強くためらう行為だが、それがどんな状況を導き出すのかは子供たちでも想像できるはずだ。
「でもごしゅじん、わざわざ木を使う必要はあるの?」
「状況に応じて必要になるかもしれないだろうな。
曖昧に聞こえるかもしれないが、ないと判断するのは結構危ないんだ。
たとえば、急に遠くから大木が吹っ飛んで来たらどうする?」
「そりゃあ、あたしなら魔法で……」
"防ぐ"、という言葉が出てこなかったか。
頭では理解できた表情になっているな。
……むしろ、これでもかってくらい青い顔をしてる。
大木を避けられなかったイメージしか頭に出てこなかったか。
「今、エルルが想像しているとおり、大木を魔法で防ぐのは危険なんだ。
そしてこれは、飛んできた木を対応するだけに限った話じゃない。
魔法の耐久性に限らず、自分自身がどれほどの強さなのかをしっかりと自己分析できない以上、迫り来る脅威を押さえられるとは限らないってことだ。
そんなものをぽんぽんと涼しい顔で使ってくる"格上の相手"がいることも、しっかりと考えておいた方がいいと俺は常日頃から思っている」
「……ぅぅ……嫌なイメージしか出てこない……。
どうやったら飛んできた大木みたいなものを防げるようになるのかな……」
「まぁそれは経験と魔法の修練次第だと思うよ。
はっきり言えば、それを防御するんじゃなく、回避する方が遙かに安全だ。
襲うもの、今の話から繋げて説明すれば大木の質量や速度で威力が劇的に変化するから、そんなものを防御するのは背後をどうしても護らなければならない時だけになるだろうな」
「……あれ?
つまり、"後ろを護らないといけない状況"になるかもしれないってことだよね?
それだけのすごい威力を持つ攻撃を、どうやって防御すればいいの?」
そこに気がついたか。
やはりこの子は柔軟な発想力を持っていると思えた。
「回避できなほどの威力を持つ攻撃を、どうしても護らなければいけない。
そんな状況が来る可能性を想定して話を進めるが、これは達人の領域に足を踏み入れる技術になるから、今はこういったこともできるんだと思うだけでいい」
これを体得すれば、俺は安心してこの子たちに戦闘を任せられるようになる。
それを確信するだけの凄まじい技術を手にすることができるだろう。
「そうだな、これは言葉で説明する前に見せた方がいいかもしれない」
そう言って俺は落ちているこぶし大の石をブランシェに手渡す。
意味も分からずにきょとんとしているこの子は何を思ったのか、瞳を輝かせた。
「先に突っ込んどくが、遊びじゃないぞ?」
「えぇッ!?」
「……いや、涙目になられてもな……」
「そんなのどうするの、トーヤ?」
「今から見せる技術は、"静"の上位技になる。
ブランシェ、今から少し離れるから、3人にもしっかりと見える速度で俺に向かってその石を強めに投げるんだ」
さすがに修練を始めて間もないリージェには難しいだろうが、一応見ておいて損はない技術だし、彼女自身が強くなるための何かを掴む切欠になるかもしれない。
……と思えるのは、エルルの凄まじい魔法技術を見ているからなんだろうな。
そんなことを考えていると、嫌そうな顔でブランシェは答えた。
「えー……それは危ないよ、ごしゅじんー。
それにアタシ、ごしゅじんにそんなことしたくない……」
「腕力があるブランシェにしか頼めないんだ」
「アタシにしか頼めないッ!?」
瞳を大きく輝かせて喜ぶブランシェ。
危険な気配を感じ取り、3人にも見える速度で投げるんだぞと念を押した。




