空に掲げた手
想いを零し続けていた男が落ち着きを見せる頃、手のひらの中で優しくなでていた指輪を見つめる彼女はひとつの提案をする。
思わず頬が緩んでしまったが、言葉で答えるよりも行動に移している俺がいた。
マジックバッグを装ったインベントリから薄桃色の小さな花を咲かせる枝を取り出してリージェに渡すと、彼女はとても嬉しそうに微笑みながら受け取った。
小さい方の指輪を枝に通し墓碑に供えると、満足そうに彼女は微笑んだ。
「……いいのか?
そっちはリージェのために用意された指輪だぞ。
手に持ってる方が男性用だから、本来は逆になるんだが」
「そうなのですか?
でも、この方が彼も喜ぶような気がします。
こうすることで、指輪だけでも一緒にいられますから」
まぁ、そういった解釈も分からなくはないんだが、リージェはやはりどこか人とは違う価値観を持っているな。
そんな彼女のことを想っていたんだ。
彼も同じような想いを持っているんだろうな。
なら、彼女のしたいようにするのがいちばんか。
* *
教会から町の中央へと向かう。
徐々に人の気配も多くなり活気がこちらにも届き始めると、これまで我慢していた子の腹から音が鳴り響いた。
そんな彼女に俺たちは笑い、来た道を楽しく話をしながら戻った。
さらりと頬をなでる優しい風に意識を向けながら、静かに流れる雲を見つめる。
どこか季節の変わり目を感じさせる暖かな風に、もう春も終わりだなと思えた。
淡い薄桃色の小さな花を咲かせる桜の枝は、毎年この時期に指輪を添えて彼へ供えると、司祭は優しい笑顔で言ってくれた。
枯れない花を咲かせる不思議な枝に、興味を持つやつは増え続けるだろう。
世界にひとつだけの、唯一無二とも思える美しい花を奪おうとする馬鹿も出てくるかもしれない。
司祭がいなくなったあとも、誰かがそれを引き継いでくれるのかも分からない。
もしかしたら、指輪と共に枝がなくなってしまうことだって考えられるだろう。
でも……。
彼女の大切な想いは彼に伝わってるはずだと、俺は思う。
ただそうあってほしいと、俺自身が信じたいだけなのかもしれない。
けど、リージェはとても大切そうに指へつけたんだから、きっと大丈夫だろう。
……つけているのは"左の親指"だけどな。
結婚を曖昧に把握している彼女は、その意味をまだ知らない。
でも、もし人が、いつの日にか生まれ変われることがあるんだとしたら。
そしてこの世界に降り立つように、再び生まれるんだとしたら。
新しく生まれ変わるように若返った彼女と再会する可能性だって、残されているんじゃないだろうか。
その時はきっと彼の記憶はなく、彼女を憶えてはいないんだろうけど。
それでも俺は、もう一度ふたりが再会してくれたらと、素直に思えるんだ。
左手を見上げながら嬉しそうに歩く彼女を見ていると、素直にそう思えたんだ。




