今をおいて
運命を変えることはできない。
当然、俺にそんな力はない。
そんなことができるのは神だけだ。
本当にいれば、ではあるが。
だが、病気でこの世を去ることを"運命"と呼ぶのか?
それは人が"不幸"だと言葉にするものなんじゃないか?
……いや、まだ回避する道が残されているかもしれない。
可能性の話だが、試してみる価値はある。
ヒトではない彼女に効果があるかもわからない。
でも、何もしないでなりゆきを見守るくらいなら……。
「どうされたのです?
とても難しい顔をしていますが」
「…………それでも俺は、納得のできる道を……」
俺のつぶやきに女性は首を傾げた。
まぁ、普通は疑問に思うだろうな。
抗えない死期を悟っているんだ。
だがまだ変えることのできる運命なのかもしれない。
いや、そんなものを俺は"運命"なんて言葉で呼びたくない。
まずは自分にできることをしたいって思えるからな。
たとえ結果が変わらなかったとしても、何もしないで後悔するよりは何かをして後悔した方がずっとマシだと思えるからな。
「キュアⅢ! ヒールⅢ!」
人ではない大樹に効果を見せるのかは分からない。
けど、やってみなければ分からないことだってあるはずだ。
魔法の効果で大樹に光が溢れる。
それが収まると同時に彼女を確認した。
……しかし、茶色の髪がわずかに淡くなった程度で、変化は見られない。
「どうだ?」
「少しだけ元気になれたような気がします。
ですが、申し訳ありませんが結果はわすかに伸びただけだと思います」
「あなたが謝ることじゃない。
快復させられなかった俺が悪い」
「いえ、そんなことは――」
「――必ず治してやる」
強く、強く誓いを立てる。
このまま彼女を失うことは"恥"だ。
ヒールだのキュアだのを所持していても、効果を見せないんじゃ意味がない。
こんな時に使って、効果を見せてこその魔法なんだろ?
なら、今をおいて全力を出さなくてどうするんだ!
再び強い決意でふたつの魔法を発動する。
効果を見せないならもう一度。
それでもダメならもう一度!
……自分自身の無力さに腹が立つ!
何がヒールだ!
何がキュアだ!!
魔法?
スキル?
英数字?
達人並み?
空人?
救いを必要としているひとを治せないんじゃ意味がない!
そんな情けない姿を子供たちの前で見せられるわけないだろ!!
それに――
「――このひとを救えないんじゃ、あいつに顔向けできないだろうがッ!!」
普段よりも輝きを強烈に増して大樹を包み込むマナの光。
いや、光なんてどうでもいい!
俺はただ、このひとを救いたいだけなんだよ!
治れ!
治れ!!
治れッ!!!
空人なんだろ!?
この世界の人たちよりも強力なスキルを持つんだろ!?
だったら!
人ひとりを治せる力くらい手に入れて見せろッ!!!
さらに増した光に包まれる大樹と同時に、女性の身体を優しく魔法が包み込む。
目を丸くした女性は収まる光の中、自身の体に意識を向けながら言葉にした。
「……こんな……こんな、ことが……」
大きく息をつきながら呼吸を整える。
どうやら上手くいったみたいだな。
くすんだような肌は白さを取り戻し、印象的な茶色の髪は鮮やかな銀に薄桃色をわずかに混ぜたとても美しく艶やかな姿を見せていた。




